「ていねいな暮らしをしなさい」という社会からの求めがどれぐらいのハードルの高さになるのか、どの程度の重荷になるのかって、ジェンダーの男女差だけでなく、階級・階層によってもかなり違ってくると思うんですよね。 大昔、「ていねいな暮らし」は誰のもので、誰によってそれは成り立っていたのか 以下の話は、おとといブログに書いた話の続きで、さきほどanmin7さんからいただいたご返信への連歌でもあります。たまたま昨夜、関連しそうな書籍を再読していたので、それらを思い出しながら一筆書きしてみます。 anmin7さんがおっしゃるように、「ていねいな暮らし」という語彙は手垢がついているし、バズワードめいているし、取り扱いが難しいものではあります。とはいえ、この語彙の対義語や、この語彙にあたらない状態は想起しやすいんですよね。それは「粗雑な暮らし」だったり「無頓着=男らしい」だったり「トキシックマスキュリニシテ

