1942年(昭和17年)7月31日、竣工[43][22]。軍艦籍に入る[31][30]。航空母艦に類別[57]。軍艦(ぐんかん)飛鷹(ひよう)と命名された[31]。呉鎮守府籍[58][59]。 別府大佐(飛鷹艤装員長)は飛鷹艦長(初代)となった[60]。主な初代幹部は、副長青山茂雄中佐(元鳳翔副長)[61][60]、機関長坂尾満太郎中佐、飛行長三重野武少佐、航海長山本繁一少佐、飛行長寺島美行少佐、砲術長成谷昇少佐、通信長八角高士大尉ほか[60]。 日本海軍の軍艦となった飛鷹は、同31日付で第二航空戦隊(司令官角田覚治少将)に編入された[62]。 二航戦は空母3隻(飛鷹、隼鷹、龍驤)となったが、訓練中の1942年(昭和17年)8月7日にガダルカナル島の戦いがはじまる。隼鷹型2隻(飛鷹、隼鷹)は内地で訓練を続け、龍驤のみ第一航空戦隊(翔鶴、瑞鶴)に臨時編入されてソロモン諸島へ進出。8月24日の

