東京都大田区の新井宿地域(現在の大田区中央付近)出身[2]。久が原幼稚園、大田区立徳持小学校、大田区立蓮沼中学校、東京都立雪谷高等学校を経て、青山学院大学法学部に進学。大学在学中に父が死去し、家業のクリーニング店「光伸舎」に入社した[2][3]。 1999年、同じく新井宿地域を地盤としていた岩井久年の後継候補として、自由民主党公認で大田区議会議員選挙に立候補し[2]、新人議員としてはトップで初当選[2]。2003年の大田区議会議員選挙で再選。 大田区議会においては、議会運営委員長、文教児童委員長、予算特別委員長、防災対策特別委員長、羽田空港対策特別委員長といった要職を歴任した[3][4]。会派としては「自由民主党大田区民連合」に所属し、政務調査会長や副幹事長など、党の役職も歴任した[4]。在職中の海外視察において、提出した報告書の問題点が複数報じられたが、東京都議会議員選挙への立候補を表明

