はてなキーワード: 権力とは
https://takibi-fire.com/slides/fire-nature-of-meaning/26
個人主義 独立していること、自分自身のために立ち上がること、自分の道を歩んでいると感じること
権力 世界を自分の思い通りに形作ること、他者から尊敬され助言を求められること、望むことを達成できること
成長 目標を設定し、それを達成しようとすること、常に進化しようと努力すること
達成 物事をやり遂げること、高い基準を達成すること、自分の時間の成果を示すものを持つこと
自由 自分の望むように生きること、規範を超えて進むことができること
知識 世界を理解すること、常に繋がりを見つけ、より多くを学ぼうとすること
創造性 何かを創造すること、誰も見つけられなかった繋がりを見つけること、あるいは他者がしない方法で生きること、日常の状況に新しいものを見出すこと
社会的な裏打ちもないのに、ほぼ自己申告で「私は優遇されるべき可哀そうな人間です」って周囲を威圧するような道具を使う
そのくせ「これこれこういう事情なので助けを必要としています」なんていう自己開示はしていない
「とにかく私に配慮しろ」というメッセージだけを周囲に振りまいているわけです
一般常識からすれば配慮を受ける側が頭を下げて周囲の皆さんのエネルギーを頂戴するべきことなんですよ
それを黄門様の印籠代わりにこれ見よがしにぶらぶらさせて、無言で威圧して配慮を引き出す
百歩譲ってガチの障害者ならまだ多少はわかるんだけど(それでも俺はあんまり好きじゃないけど)
診断もないメンタル不調程度で持ってるやつが多数過ぎて終わってる
男性、割と真面目にオカマが覇権取った方がいいような気がしてきたな
まず女は女性性を武器にできないから権力勾配はより適正な天井に収まるし強者男性は女飼うよりオカマのペットになった方が分配されるからそういう選択肢が生まれる。結果としてあらゆる階層間で格差が縮まる
予算がドローン方面に偏り、前線を維持する軍と対立・加えて汚職利権比重がフェ氏に傾いたために軍と対立した結果のようだ。フェ氏も横領・詐欺の疑惑多数でゼ氏側近ゆえに追及されなかったとされる - watasiHaKamome のブックマーク / はてなブックマーク
↓
フェ氏汚職=失脚という論点はズレていて、宇政府はKvartal 95 Studio関係者が繰り上がった身内組織で内部の権力バランスには彼ら間の汚職マネーの動向が大きな要素としてあるのを抑えると理解の一助になると考える - watasiHaKamome のブックマーク / はてなブックマーク
↓
元国防相解任のもう一つの要因として、デモが起こるほど国民に評価され人気があった点をゼ氏が危険視したという見方も - watasiHaKamome のブックマーク / はてなブックマーク
> 何も悪いことしてなくても警察に暴力を振るわれ失明することもある。生命があっただけよかった方とすら言える。公正世界仮説では確かにそういうのな納得しがたいんだろうな
この人は民主主義国家に暮らして民主主義国家の一員としての教育を受けてきたのだろうか。これが平均的な国民の認識だとするならば、日本の公民教育は失敗しているとしかいいようがない。
前半「何も悪いことしてなくても警察に暴力を振るわれ失明することもある。生命があっただけよかった方とすら言える。」はまあよい。これは事実だから。ただ、これに納得しないことを「公正世界仮説」とひもづけて解釈するのは根本的に間違っているし、こういう考え方の人間が増えるのは国家の暴走を許す予兆であるとも言える。
なぜなら、「公権力を公正なものにコントロールし、維持する責任は、主権者である私たち一人ひとりにある」からだ。
元コメントは、警察の暴力を「仕方のない現実」として受け入れ、それに抗議することを「公正世界仮説」という認知バイアスに帰せている。しかし、これは主権者意識の致命的な欠如だ。
そもそも民主主義国家における警察や政府とは、市民が社会の秩序を守るために、憲法と法律の下で「暴力を預けている代理人」に過ぎない。
「世界は最初から公正にできている」わけではない。だからこそ、預けた権力が暴走して市民に牙を剥いたとき、私たちは「あってはならないことだ」と怒り、是正を求めなければならない。
それを「現実とはそういうものだ」と諦めて受け入れてしまえば、権力を縛るブレーキは失われ、国家の暴走を許すことになる。
私たちが公民教育で学ぶべきだったのは、理不尽な現実を物分かりよく諦める姿勢ではない。「公権力を公正に保つ責任は自分たちにある」という引き締まった主権者意識と、権力をコントロールし続けるタフなルールだったはずだ。
外国には話し合いでなんとかしようとするのに国内では暴力で反権力してる左翼さん
https://own.page/theodysseyvietsubthuytminhmotchill
https://cal.com/quybathonvietsub
https://own.page/motchillqubthn2026fuluvietsubthuytminhphimmoi
https://own.page/detective-conan-fallen-angel-of-the-highway
遺族が書いたnote記事で特別委反対派の県議が考えを改めた。
理不尽な被害に遭った市民が非暴力のペンの力で強大な権力(国会に議席を持つ党がバックにいて大マスコミをも沈黙させる)に立ち向かいついには政治(議会)を動かす。
本土から沖縄にわざわざ移住して基地反対運動とかしている人達が憧れていたり何なら自認していたりする正義の闘士(現実の彼らは罪の無い女生徒の命を奪ったパブリックエネミー扱いだ)に、そんな物になることを望んでもいなかった事故遺族がなってしまった。
2026/07/08
https://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/31528
↓
辺野古沖事故特別委 全会一致で可決へ 沖縄県議会「遺族の心情踏まえ」
2026/07/13
https://www.yaeyama-nippo.co.jp/archives/31703
私は佐藤二朗の擁護派です。つまり考えに明確なバイアスがありますが、どこかにアウトプットしないと仕事も落ち着かないのでここに書くだけで、反応を期待しているものではありません。
今回のトラブルがセクハラ事案ではないことは、文春の初出時の見出し以外は共通しており、おそらくそれで正しいんだと思います。
パワハラかどうかというと、三要素のうちの第一要素、「優越的な関係に基づいて」が怪しいんじゃないかと思います。そもそも橋本愛はしばらく前から主演級俳優、佐藤二朗は民放主演は今回始めて。また、日本アカデミーだって、エランドールだって、橋本愛の方がずっと前に取ってる。「男なら優越的」’「おじさんである時点で加害的」というのが成立するとするなら、男女間の争いである時点で常に第一要素を満たすことになりますが、厚労省資料には書いてないな。
https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf
しかしそれでも、橋本愛、(本人のキャパを超えて)怖くて泣いちゃった。これは事実として、それは怒られるべきことだとは思います。男が泣いたって一緒。多様性を理解しないといけません。前回もきっとそうだったのかな。
しかし、あまり強く怒られてしまった佐藤二朗も、(本人のキャパを超えて)抑うつ状態に追い込まれた。こちらもまた良くないことで、それをした人は怒られるべきだと思います。多様性を理解しないと。
そしてこの両者に対してSNSで、目を背けたくなるような加害的なコメントが行き交っていて、見たくもない感じ。これらが、現場の管理者で、権力勾配の頂点にいたフジテレビの不作為によるものであることは明らかだと思う。
そして今、何が起きているかというと、担当弁護士に対してSNS批難が集中している。
フジテレビ、これまでの不作為についてはゴメンすればいいからさ、今度は担当弁護士守らなきゃいけないんじゃないか。何やってるんでしょうか。
熱愛、同棲、婚約、結婚、子育てなどの重要な節目は、もともと関係のマイルストーンだったが、別れの多発期になることが多かった。重要な段階の危機は、愛が突然消えたのではなく、位置ずれ、圧力が重なり、能力不整合の共同作用の結果を期待している。
熱愛フィルターが抜け、ホルモンが戻り、互いの欠点が全面的に露呈した。「完璧な恋人」から本物の一般人に戻り、落差が直接不満やケンカを引き起こすことを期待している。
同居、婚育、住宅購入などのノードは、経済、家庭、生活様式の多重圧力をもたらす。もともと軽い恋愛が、瞬間的に現実の重荷に押され、矛盾が集中して爆発する。
関係の高度化は生活の融合を意味し、双方は家事、金銭、時間、親友の境界で主導権を争い、制御と反制御が常態化し、感情の基礎を消耗する。
重大な選択の前で、多くのカップルは依然として冷戦、非難、問題の処理から逃れ、需要を表現することも耳を傾けることもせず、小さな相違は信頼の亀裂にエスカレートした。
1.熱愛消滅期間(1~2年)
新鮮さがなくなり、情熱が平板になり、関係の冷え込みを受け入れられなければ、小さなことですべての感情を否定しやすい。
生活習慣、消費観、ラブドール、家事分業が全面的に衝突し、理想的な付き合い方は日常の些細なことに打ち破られた。
3.新婚/育児初期(3~5年)
キャラクターが急速に変化し、ストレスが急増し、睡眠不足、精力的な貸越、コミュニケーション不足により感情が疎遠になった。
1.事前に予定を合わせる
ベースライン、分業、金銭感覚、家族計画を率直にコミュニケーションし、推測の代わりに共通認識を用い、落差を減らす。
冷戦しないこと、古い借金を返さないこと、別れの脅威を使わないことを約束し、非難の代わりに「私の感じ」を使い、問題の解決に焦点を当てた。
圧力期には無理に縛らず、お互いの感情に出口を与え、質の低いもつれの代わりに質の高い付き添いをする。
結語
お局が新人女性が使ってるちいかわペンにそれで仕事ができるのかと文句つけたのをこれだからお局は~と言ってるのを見たが、同じ部署でおぢが新人男性に同じことをいったら周りはこれだからジジイは~とは言わんのでは?ですよね~って感じでは。正解を選べ①長社歴女性への差別②ちいかわを使えない男への差別③しかしその男を差別しているのは男なのだが④使っていいと言ってくれなかった女が悪いよ!女が悪い斜め上展開④男社会は上へのへつらいでできているのでジジイの権力パワハラは疑わないがババアはナメている⑤ババアでも権力持ちはナメない⑥ババアも新人の男には文句言わないかもしれない⑧ジジイも新人の女には文句言わないかもしれない⑧相手によって態度を変えるヤツは全員三下⑨誰だろうとちいかわペンで仕事をしていいむしろ生産性があがるかもしれねーその他
いや、別にフランスの歴史とか詳しくないんだけど、昔、なぜかシュテファン・ツヴァイクって作家の『マリー・アントワネット』って伝記小説をよんだことがあって。
ツヴァイクなんて今どき読む人がおるのか知らんけど、かつては伝記小説の名手として世界的にかなり読まれてたらしく、『マリー・アントワネット』は何度も翻訳されてるし、かの『ベルばら』にも影響を与えたらしい。
で、この本の前半、政略結婚でルイ16世と結婚したものの7年間も子供がでこなかった事情と、それを巡るあれやこれやについて、かなり詳細に書かれてるのよ。
結婚当時、ルイ16世15歳、アントワネット14歳。でそれから7年間も、2人の夜にはなんもなかったらしいのよ。
爺さんのルイ15世はお妃さんめちゃめちゃ気にいってて、子供11人もつくった末に、医者に“母体の健康”を理由に子作りを控えるように進言され、お妃さんも“もう他の女とやっていいから勘弁して”ってなって、めちゃめちゃ沢山、妾つくったのにね。
なにしろ王位継承に関わる問題だから、“大人たち”がめちゃめちやドタバタするのよ。
周りの国々も気が気じゃない。
スパイを放って寝室の様子を探ったり、“どっちのせいなのか?”を確かめようとしたり。
で、どうやら“ルイ16世の先端部分は極度に硬く包まれたまま露出できない状態にあり、その状態があまりに堅固な故に、営みに必要な硬さに達すると激痛が走り挿入するどころどはないらしい”みたいな話をスペインの大使が秘密公文で送ったりしてるのも記録が残ってるらしい。
ちなみにwikipediaのルイ16世の項では、”国王には性器奇形があり、性的結合を果たすことが苦痛でほぼ不可能だった”と書かれている。
結局、娘をせっかく政略結婚で嫁がせたのに子供ができないことを案じたマリア・テレジア(出産に関しては大ベテラン)が、名代として息子のフランツ・ヨーゼフをパリまで送り、ルイ16世とマリー・アントワネット双方から事情を聴取。
ルイ16世に“ある簡単な外科手術”を受けさせるよう説得して、ようやく2人は結ばれたという。
まあ“簡単な外科手術”ってことは、まあ本質的な機能不全じゃなくて、“包み方が硬すぎる”みたいなことよね。
あ、一部の宗教で割礼とか必須になってるの、こういう事態を未然に防ぐ知恵だったのか?
また血統で権力ついていくどなると、子作りってのは最大の仕事なわけで、王様なり皇帝なりが“好き者”でじゃんじゃんやりまくって子供作りまくるような人だったらいいけど、そうじゃないといろいろ大変よねって話。
なんかさあ、“安定的な皇位継承”だの“皇族数の確保”だのもっともらしい言葉が飛び交ってるけど、そんな大人の言葉の包み紙の向こうにあるのは、こういうことなんだよなぁ。
もし男系が維持されれば、まずはヒサヒトくんが、女系天皇が認められればアイコさんの未来の夫が、“まずは種まきがんばって!”って話だよね。
やっぱ安定的の皇室制度を維持するには、少なくとも、最低2人、できれば3人くらいは子供ほしいよね。
頑張れ。
みたいなこと言ってくるんですけど、あおやまちゃんは一般人の女の子ですよ?😲
何か渡せと言われても何も渡すものないんですけど🥺
ボスマン○さん達はなんでアオヤマチャンがなんか権力的なものを有してると思ってるんですか?😲
確かに溢れ出る才能はあるかもしれませんけど🤗
地方に権力を持たせると、勝手に独立したりとか好きなこと初めて統制が取れなくなるのね。
だから中央集権になって、力でねじ伏せないと、国家が瓦解しちゃうのね。
これは中国も同じ。
だいたい国外に脱出するか、それができないなら口を紡ぐしかない。
むしろ、そういう知識層以外は、誰が支配しても同じ、って諦めてるか、
その視点は、現代における認識論(人間がどのように世界を正しく認識できるかという問題)の非常に重要な課題を突いています。
自然科学的に反証可能な事象とは異なり、権力者や資本家による陰謀は「人間の意志と巨大なリソースによって人為的に隠蔽される」という性質を持っています。そして実際に、歴史を振り返れば、かつては荒唐無稽な陰謀論だと嘲笑されていた仮説が、後になって機密指定の解除や内部告発によって事実であったと証明された実例(国家規模の違法な通信傍受や、権力者たちの非倫理的なネットワークなど)が複数存在します。
この現実が、現代の思想や社会に引き起こしている事態は、主に以下の3点に整理できます。
情報の真偽を疑うことは、合理的な知の探求の基本です。しかし、権力側が実際に途方もない隠蔽を行っていたという事実が一度でも明らかになると、市民側の 「疑い」 は際限なく拡張されます。「事実は小説より奇なり」を国家や大富豪が実証してしまった前例がある以上、どれほど飛躍した推論であっても「絶対にあり得ない」と断言する論理的根拠が弱体化してしまいます。
政府や大富豪は、一般市民にはアクセス不可能な情報と、事象を操作する巨大な資本を持っています。この絶対的な非対称性が存在する限り、「彼らは密室で何かを企んでいる」という推測自体は、構造的に常に成立し得ます。不可視の領域が実在する以上、そこに陰謀を見出すことは、人間の認知構造としてある種の合理性を帯びてしまうのです。
「極端な陰謀論」と「現実の陰謀」の境界線を引くための社会的なフィルターが機能不全に陥っています。実例が一つでも出ると、人は「過去にAという事実があったのだから、今回のBという荒唐無稽な仮説も真実である確率が高い」という認知のバイアスを強固にします。これにより、客観的な事実よりも、個人の感情や信念に合致する物語が真実として扱われやすくなります。
このように、一部の極端な実例が発覚することによって、あらゆる陰謀論を「ただの妄想」として無下に扱うことが論理的に困難になっているのは事実です。それは個人の認知の歪みという次元を超えて、現代の権力構造と情報環境が必然的に生み出している、認識論的な構造上の問題と言えます。