親は子どものあらゆる環境を自分の選択のもとで与えるわけだけどそれは遺伝子とはどう違う?
親が良いと思って与えた環境も結局のところ偶然性によって良し悪しが決まるわけだけど、良いと思って与えた遺伝子だけは完全に偶然性が排除される? こんな遺伝子を与えられなければよかったみたいな話になる? その遺伝子を活用できるかどうかは子どもの選択に委ねられてる
そもそもその遺伝子が良いかどうかは市場での需要で決まり、親が市場を決められるわけではない、自分の遺伝子のどの長所をどのように利用するかは結局本人次第
親はたとえば「この中学がいいと思って通わせる」わけだけど、それは「この遺伝子がいいと思って生まれさせる」こととはどう違う?