2013-09-02

趣味実益教育

ラノベ作家養成専門学校が酷い。

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ラノベ作家養成専門学校が酷い ~2nd Season~

http://anond.hatelabo.jp/20130901102804

あほか。本当に学びたいなら大学があるだろ。

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日本で唯一まともにド素人プロレベルまで責任持って引き上げてくれる美術教育施設は美大予備校だけ。

http://anond.hatelabo.jp/20130831090130

あたりのなにか。「自分が何者かになる」ということについて。つまり、何らかの完成した自分イメージがあり、自分がそこへたどり着くということについて。

それはいまの日本だと「ボクの将来」って言葉をつかって表現される行為なわけだけど、これはものすごい誤解を与えている。どの辺が誤解になるかというと、まったく同じ将来という言葉を「金をもらえる何らかの組織所属する」という意味でも使ってるから

「金をもらえる何らかの組織所属する」ってのと「自分がある任意の何者かになる」ってのは、もう、完全に別種のことなんだよね。

前者は「トヨタ就職する」とか「公務員になる」とかだし、後者は「サッカー選手になる」とか「作家になる」とかで、似ているように見えて本質はまったく違う。こう言うことを書くと「おんなじだろ、要するに将来の食い扶持だ」という人がいるかもしれない。その人にとってはそうなのかもしれない。でも、別の行為なんだよ。

「金をもらえる何らかの組織所属する」人材ってのは、教育で作れる。新卒採用なんて制度があるのがそのあらわれだ。このルートに進みたい人は、教育(あるいは教育機関)に期待していい。

自分がある任意の何者かになる」ってのは、教育では作れない。もちろん教育機関や周囲がその人を応援は出来る。環境も与えられる。でも、作れない。教育(あるいは教育機関)にはそもそも期待してはいけない。

後者を志すものにとっては、結論で言うと、専門学校でも大学でも同じなんだ(そういう意味で言うと、教育機関いかなくても大差が無い。高卒ラノベ作家存在する)。もちろん、個々人の環境には差がある。ある人は大学サークルでよい出会いと刺激があることは、あり得る。でもそれは「この場所」と「あの場所」の違いであって、個別の違いだ。大学にいくという行為では、再現性がない。そんな状況なのに、専門学校大学というタグは「数年以上を過ごす場所」に対してあんまりにも粗雑すぎる。

いずれにせよ、教育に過度な期待を持つのはやめるべきだと思う。ぶっちゃけ、それってかなり滑稽だ。

自分がある任意の何者かになる」ってのをどうにか出来るのは自分だけだ。

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