名前を隠して楽しく日記。
工業高校の偏差値は35〜55程度が一般的です。学科によっても異なり、電気科や情報技術科、建築科などはやや高め(40〜55程度)になる傾向があり、機械科などは30台後半〜40台前半となることが多いです。
何言ってんの??
栄光のソビエト連邦軍が腐敗したウクライナ政府に恭順する理由がない
ウクライナ軍政>ロシア連邦軍のポスト>ウクライナのために戦う
ここを誤魔化すやつは帰ってくれ
これはそうかもね
・仕事は楽しく負荷のないもの、という認識。サークル気分で毎日ルンルン働けてる。害を与えてくる他者などは見たことがない
・片道90分~の満員電車通勤も"ややキツい"程度でしかないから10年でも20年でも続けられる
この2つを満たしてると知って衝撃を受けた。
そんな超人の彼らも、知り合いが一人も居ないクソ田舎の同年代がいない事業所や支店に単身赴任したら秒速で病むという思いがけないクソ雑魚な特徴があると知った時も驚いた
なんと陣痛と出産はつわりのしんどさを超えることはなかったほど、つわりが一番辛かった。
陣痛と出産はなんだかんだ言っても痛さに終わりが見えるから案外痛みランキング上位には入ってこない。
人間、「いつこの状態が終わるんだろう」という見通しのつかなさに地獄を感じるんだと思う。
新生児期もまあまあしんどかった。赤ちゃんはまじで宇宙人とかに近く、赤黒いしなんで泣いてるのかもわかりにくいしとにかく得体が知れない感じだった。
信じられないほどボロボロの出産直後の肉体なんてほっとかれてシームレスに育児ははじまる。
膣壁から大量に血が出過ぎて脳貧血で何回か倒れても、色々体で起きて40℃の熱が出てもそんなことは関係ないのだ。母乳を出すのだ!抱っこして寝かすのだ!という感じのスパルタ産院だった。
これもまあ辛かったが、5日間入院したら実母と夫が育児参戦してくれるという希望があって乗り越えられた。
ザクザクに避けた膣壁と会陰、貧血で呂律の回らない口を引っさげて、なんとか新生児期育児が終わる。
乳児期はちょっとイージーだった。まだ仰向けにしか寝転がれない赤ちゃんを横目にごはんも案外ゆっくり食べられたし。
だんだん肉付いて白くもっちりとしていく娘がどんどんどんどんかわいくなっていて、私の抱っこから降ろされたことが嫌で甘い泣き声で泣いてるときなんかもうこのまま食べてしまいたかった。
離乳食が始まる。
なんじゃこりゃというようなさらさらのお粥や、スープみたいなにんじん、ほうれん草をスプーンで与える。案外無の顔で受け入れてくれる。
中期になると美味いのかガツガツいってくれる。茅乃舎の赤ちゃん出汁のおかげだろう。
後期、自我が突然発生しスプーン拒否、歯も生えてないくせにドロドロのものを拒否して固形物を要求してくる。
アンタ死ぬわよ…と恐る恐る手羽元を渡す。キラキラした目で飲むように完食する。これ以降、歯茎を使って器用に固形物を食べるようになる。
嫌いなものはバナナといちご。好きなものは手羽元とレバー。夫婦共に酒は苦手なのに、酒飲みが好きそうなものが好物なようだ。
一歳になる。でちでちと歩く。
とにかく動きたがりで生後2ヶ月で寝返り返りも覚えて部屋中をコロコロコロコロしていた。
生後半年でもズリ這いしては親の上を登ってきた。生後7ヶ月で伝い歩きでうろうろうろうろしていた。
意外と転ばない。尻餅をついてくれるのでごっちん防止クッションもすぐにメルカリ行きだった。
一歳と少し。保育園が始まる。
案外泣かない。仕事の都合をつけて短時間保育にしてるのもあるのか、迎えに行って私を見つけて、指差しでニヤニヤするだけで寄ってこず遊びを続ける。
甲斐がないぞ、もっとうれしそうにしたらどうなんだねとつんつんと突くとヒャハハ!と笑っていた。
こちらは仕事の長い長い通勤も始まり、なんだかんだ疲れている。通勤時間に見るアニメと、半額だったから買ったハンターハンターを読むことで心を元気にしている。ネテロ会長がカッコ良すぎた。
娘のことはもう信じられないくらいかわいい(実際に本当に可愛いのだ)が、別軸として心の潤いが欲しい。やっぱりバキ童channelもアニメも見たい。
でも一歳はもう視力もあるのでショッキングな映像は流せないし、下ネタも聞かせてはいけないらしい。
夫がたまに早く帰ってきた日は浴槽に浸かりながらイヤホンでこそこそとバキ童channelを見ている。
土日はワンオペでちょっと疲れるので、娘に承諾を得てこたけ正義感channelを一本だけ見させてもらっている。意外と娘の食いつきもいい。将来は弁護士かしらね。
先日、我が家にも今絶賛流行中の手足口病がきた。その前に風邪も引いていて、それが合併症のようになって3週間自宅療養していた。
娘が辛そう、でも仕事は普通にある、夫も仕事もがっつり入れてる。これを調整しながらいろんな病院に掛かって、鼻詰まりの娘をメルシーポットして看病して色々本当に体力が尽きた。
夫婦喧嘩も一番でかいのをやった。夫があんなにキレたのも、私があんなにキレたのもお互い初めてだった。精神的にも体力的にも限界が来ていたんだと思う。
娘はすっかり治って元気いっぱい、3週間休んだひさしぶりの保育園登園もなんてことなくスーッとお部屋に入って行った。
夫婦もあの時はマジでやばかったねという感じで喧嘩をした日の夜にはもう仲直りした。
とにかくつかれた怒涛の3週間だった。これ共働きのご家庭はみんなやってるってマジ?一人っ子でもこんなにヘトヘトな自分が情けないよ。
ここ最近は街で見かける兄弟姉妹連れのパパさんママさんを見るとたまげてしまう。
世の中の親のみなさんたち、みんな尊敬するよ。