映像で見えた警備の穴
安倍元首相銃撃までの2分26秒
安倍晋三元首相が奈良市の街頭演説中に銃撃され死亡した事件で、複数の現場映像から当日の警備態勢の明らかな不備が浮き彫りになった。映像を見た複数の専門家は「警察官の配置や背後への警戒に問題がある」と指摘した。演説開始から1発目の発砲まで2分26秒。発砲後の初動対応なども不適切だった可能性が高く、首相経験者が白昼に撃たれて命を落とす前代未聞の事件を防げなかった。
安倍元首相と容疑者、警護の位置関係
8日午前11時29分、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で安倍氏が応援演説のマイクを握った。山上徹也容疑者(41)は2車線の道路を挟んだ先の歩道付近にいる。衛星画像で分析したところ、安倍氏とは約15メートル離れている。
警察関係者によると、現場では数十人の警備態勢が敷かれていたという。
開始から1分19秒ごろ
俯瞰(ふかん)映像では、安倍氏のそばに身辺警護とみられる警察官4人の姿が確認できる。安倍氏を四方から囲むように配置され、後方にいる2人の距離は約6メートル。別アングルの映像からは、多くの関係者が拍手する間も周囲を警戒している様子がうかがえる。
元警視庁特殊急襲部隊(SAT)の伊藤鋼一氏「4人のうち3人が前方を警戒し、安倍氏から見て右側の後ろにいる1人が後方を担当しているとみられる。身辺警護の人数や配置に問題はないが、4人ともガードレールの内側にいる。後ろにスペースがある後方では外側にも人を置くべきだ。背後への注意力を高め、不審者が近づいてきたら迅速に対応するためだ」
1分40秒すぎ
安倍氏の真後ろにいた選挙スタッフとおぼしき男性が移動し、安倍氏と山上容疑者とを遮る人影がなくなった。山上容疑者からは、安倍氏の背中が見えるかたちになっていたとみられる。
2分19秒後
演説場所のすぐ後ろを通る車道は規制されておらず、車や歩行者らが行き交う。発砲の7秒前、自転車が安倍氏の後ろを通過。後方担当とみられる警察官が目で追うような動作を見せる。
警護に詳しい警察OB「通行人が容易に安倍氏に近寄ることができる状況だ。なぜ交通規制をかけなかったのか疑問だ」
伊藤氏「選挙カーを演説場所のすぐ後ろに止めるなどして、不審者が近づけないようにすべきだった。背後にある広いロータリーにわざとパトカーを止めておき、抑止力にする方法もあった」
2分26秒後
バス停の付近から車道を横切って近づいてきた山上容疑者が、1発目を発砲する。身辺警護に当たっていた警察官の視線は山上容疑者に向いておらず、爆発音で振り返る。直後、安倍氏の左側にいた警察官2人が、容疑者との間に入ろうと動き出す。
2分28秒後
山上容疑者が2発目を発砲。白煙よりわずかに遅く、警察官の1人が防弾カバンを安倍氏の背後で振り上げる。安倍氏が被弾。ほぼ同時に、安倍氏の右側にいた2人の警察官が容疑者に向かって走り出す。
元神奈川県警で民間警備会社役員の古谷謙一氏「確保に向かった2人は安倍氏に覆いかぶさるなど、警護対象者の身を守る行動を優先するのが基本で適切な行動とは言えない」
2分32秒後
ガードレール内にいた2人を含む3人の警察官が容疑者を取り押さえる。約3秒後、聴衆側からさらに3人が駆け寄る。さらに遅れて駅の方向から警察官1人が走ってくる。
伊藤氏「もう1人、駅と反対方向から駆け寄る警察官がいたが、距離が遠く、山上容疑者が発砲前にいたバス停のあたりから駆け寄る警察官は見られない。そこに人を配置しておらず、死角ができて容疑者の動きに気付くのが遅れた可能性がある」
(淡嶋健人、山本博文、菊池喬之介、染川祐佳里)