ロシアや中国が主導する新興国グループ「BRICS」に2025年1月、インドネシアが加盟した。BRICSはブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国の英語頭文字だが、1年前にエジプト、エチオピア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)が加わったばかり。急速な拡大を図る中、インドネシアを異例の厚遇で迎え入れた。
ただ、インドネシアは「全方位中立」の外交を掲げ、1年前まで「入らない」と宣言していた。急な方針転換は西側諸国だけでなく、国内にも大きな驚きを与えた。インドネシアは国際政治・経済で近年、存在感を増しているグローバルサウスの代表格だ。その選択や進路は、他の「サウス」にも大きな影響を与える。
インドネシアはなぜ方針を翻したのか。中立を捨てて「東」側に軸足を移すのか。新興国に働く「西」の遠心力と「東」の求心力とは何か。アジア経済研究所の川村晃一氏に背景を深掘りしてもらいつつ、今後BRICSがどのように変容し、アメリカの自国第一主義で混迷を増す国際社会にどんな影響を及ぼすかを展望してもらう。
【目次】
◇ 他国を差し置きスピード加盟
◇ 1年で180度方針転換
◇ 足場固めに好都合
◇ 「使い勝手」の良さも魅力
◇ 「一人の敵でも多すぎる」
◇ 米中ロのプレゼンス低下
他国を差し置きスピード加盟
新興国グループBRICSの議長国ブラジルは2025年1月6日、インドネシアが10番目の加盟国になったと発表した。前年10月24日にロシアで開催されたBRICS首脳会議で加盟が申請されてから、わずか2カ月あまりのスピード決定であった。
インドネシアより早い24年6、7月に、タイとマレーシアが加盟を申請していたが承認されていないタイミングだった。BRICS首脳会議では、両国を含む9カ国が準加盟の「パートナー」国となることが決まったが、インドネシアはそうした国々を差し置いて一気に正式メンバーの地位を得たのである。
BRICSがインドネシアの加盟を優先させたのは、東南アジアの大国を取り込むことで影響力をさらに高めようとしたためだろう。人口2億8000万人は世界4位(24年)、経済規模は世界16位(23年)のインドネシアを加えたことで、BRICS加盟10カ国の合計は世界人口の48%、世界GDP(国内総生産)の4分の1以上を占めることになった。
1年で180度方針転換
実はインドネシアは最近まで、BRICS加盟を希望していなかった。23年8月に南アフリカで開催されたBRICS首脳会議で加盟国の拡大が議論された際、インドネシアは熱心な誘いを受けながら断り、加盟を申請しない決断をした。経済的なメリットがそれほど大きくない一方、加盟すれば「中国・ロシア寄り」とみられる危険性があり、デメリットの方が大きいと判断したためであった。
それからわずか1年、判断を導いた環境に大きな変化は起きていない。にもかかわらず方針が180度転換したのは、政権交代の影響以外に考えられないだろう。インドネシアの大統領が24年10月にジョコ・ウィドドからプラボウォ・スビアントへ変わったのだ。
自ら「外交嫌い」を公言していたジョコとは対照的に、プラボウォは「外交好き」とみられている。プラボウォは、大統領選挙で当選が確実になった4月からの半年間に、国防相として日本を含む20カ国を訪問し、就任前にもかかわらず積極的に「外交」を展開した。大統領就任直後にも、アジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議と20カ国・地域(G20)首脳会議に参加するのに合わせ、2週間にわたる長期の外遊をこなした。
足場固めに好都合
プラボウォの国際指向は、生い立ちが影響している。プラボウォは少年時代のほとんどを海外で過ごし、英語以外にオランダ語やフランス語、ドイツ語を話せるといわれている。帰国後に国軍に入り、アメリカで軍事教育を受けた経験もある。
国軍で将校にまで昇りつめたプラボウォは、強烈なナショナリストでもある。母国が大国であるとの誇りと、インドネシアにはグローバルサウスのリーダーとして国際秩序の変革に取り組む力があるという自負がある。現在の世界秩序が欧米の都合いいように作り上げられたという反植民地主義的な意識も強い。
こうした志向をもつプラボウォにとってBRICSは、グローバルサウスの代表として足場を固めるのに好都合な場なのである。
「使い勝手」の良さも魅力
国際的野心だけでなく、経済面でもBRICSは「使える」場だと、プラボウォはみなしている。23年に加盟を見送った際は、BRICSの将来像が不確かなことや加盟国とは既に二国間レベルで経済関係があることから、メリットは少ないと判断された。しかし、アメリカにトランプ政権が再登場したことで、欧米主導の世界経済システムが機能不全に陥る可能性が現実味を帯びてきた。今後、東南アジア、中東、アフリカの国々がBRICSに加わり、さらに規模が拡大すれば、市場や貿易の拡大を促進する国際機構となる可能性もある。
西側諸国と違った「使い勝手」の良さも魅力だ。プラボウォ政権は、エネルギー移行や食料安全保障を成長政策の柱に据えている。しかし、こうした政策に西側からの経済協力を得ようとしても、さまざまな条件を課されて思うように進められないという不満が政府内にはある。
例えば、新興国の石炭火力発電の削減を支援するため、22年に日米などが参画する国際的な協力枠組み「公正なエネルギー移行パートナーシップ(JETP)」が立ち上げられたが、いまだ具体的な進展がない。それどころか、トランプ米政権はJETPから離脱すると、報じられている。欧州連合(EU)は、森林破壊を理由にインドネシアの主力産品であるパーム油の輸入を規制し、世界貿易機関(WTO)を舞台にした訴訟に発展している。面倒な手続きを要求したり正義を振りかざしたりすることなく、すぐに協力を実行してくれる存在としてBRICSは利用価値がある、とプラボウォは考えているのである。
「一人の敵でも多すぎる」
BRICS加盟によってインドネシアは「全方位中立」の外交方針を捨て、「東」側についたのだろうか。
プラボウォが大統領就任後に最初に訪問したのは中国だったが、一連の外遊ではアメリカとイギリスも訪れた上、APECやG20の合間にも多くの参加国と二国間会合を持った。中国と安全保障協力を進めることで合意し、24年11月にはロシア海軍と初の合同軍事演習を行う一方、オーストラリアとも初の合同軍事演習を実施。西側諸国を中心に10カ国が参加した恒例の共同軍事演習「スーパー・ガルーダ・シールド」も続け、フランスや日本からの防衛装備品購入も進めている。
経済協力の分野では、24年11月の初外遊で訪れた中国に続き、25年1月にはインドでも幅広い分野での協力に合意した。その一方、ジョコ前政権が表明した経済協力開発機構(OECD)への加盟と、環太平洋パートナーシップに関する包括的・先進的協定(CPTPP)への加入も手続きを続けている。つまり、安全保障でも経済でも、インドネシアは東西両陣営との協力を同時並行で進めており、「全方位中立」外交の伝統はプラボウォ政権下でも変化していない。
「千人の友人でも少なすぎる、一人の敵でも多すぎる」。プラボウォは大統領就任演説で、自らの外交方針をそう形容した。国益のためであればどの国とも付き合い、どの多国間協力の枠組みにも参加し、実利を追い求めていくというのがプラボウォ外交の特徴といえるだろう。
米中ロのプレゼンス低下
国際社会の分断が深まり、トランプの米大統領復帰によって米欧の間でも深刻な亀裂が生じる中、東南アジアの大国インドネシアは東西両陣営にとって、ますます重要な存在となる。中立外交を掲げるインドネシアが加わったことで当然、BRICSの「反西側」色は薄まる。さらに、BRICS内ではこの先、グローバルサウスのリーダーシップをめぐる競争が激しくなるだろう。
ロシアは、ウクライナ戦争による疲弊を免れない。国力で他国を圧倒する中国も、その覇権主義的な姿勢に対する警戒心をサウスの国々から解かれていない。2023年に「グローバルサウスの声サミット」を主催したインドもリーダーの地位を狙っているが、中国との国境紛争や南アジア地域内での覇権主義的な行動など、他国に不安を与える要素を抱えている。その意味で、国際紛争に関与せず、東南アジア諸国連合(ASEAN)での協調を維持し、世界最大のイスラム教徒を抱えるインドネシアは、サウスを取りまとめる役割を期待されていくことになるだろう。
インドネシアが堅調な経済成長を続ければ、BRICS内での発言力は増大していく。それに伴って中ロの影響力は相対化され、BRICSはグローバルサウス主要国のフォーラムという性格を帯びていくだろう。
アメリカが国際的リーダーシップを放棄して自国第一主義に転じる中、BRICSを足場にサウスの大国が次々と台頭してくれば、国際社会におけるアメリカ、中国、ロシアのプレゼンスは後退する。そうした変化は、東西対立もしくは米中対立によって規定される世界秩序を崩し、サウスも含めた多数の大国が並び立つ「多極化した世界秩序」への移行を促していくことになるだろう。(敬称略)
【特集】影響力増すグローバルサウス 分断進むほど「漁夫の利」
【筆者紹介】川村 晃一(かわむら・こういち) アジア経済研究所・在ジャカルタ海外調査員。専門はインドネシア政治研究、比較政治学。早稲田大学政治経済学部卒、ジョージ・ワシントン大学大学院国際関係学研究科修了。1996年アジア経済研究所入所。2002年から04年までガジャマダ大学アジア太平洋研究センター客員研究員。2024年からインドネシア国家研究イノベーション庁客員研究員。主な著作に、『教養の東南アジア現代史』(共編著、ミネルヴァ書房、2020年)、『2019年インドネシアの選挙-深まる社会の分断とジョコウィの再選』(編著、アジア経済研究所、2020年)など。