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「知らないから」とためらわず、教職員自身の言葉で語る平和教育を ノーベル賞受賞の日本被団協・和田さん

教育話題

「知らないから」とためらわず、教職員自身の言葉で語る平和教育を ノーベル賞受賞の日本被団協・和田さん

戦後80年という大きな節目を迎えています。 被爆者の高齢化が進み、直接体験を語れる人が減っていく中で、どう平和を語り継いでいけばよいのでしょうか。 2024年にノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の事務局次長を務める和田征子さんは、「私は被爆当時の記憶がないため、母から聞いた事実を『盛らず』に伝えることを大切にしています」と語ります。日本被団協が訴え続けてきた理念、そして平和教育に取り組む際に教職員に大切にしてもらいたいことなどについて話を聞きました。

和田 征子さん(わだ・まさこ、日本被団協事務局次長)
1943年長崎市生まれ。被爆当時は1歳10カ月。活水女子短期大学と明治学院大学を卒業後、英語教員として勤務。1977年からの約5年間はアメリカで生活。2015年から日本被団協の役員を務め、国内外で被爆体験を語り続けている。24年に日本被団協がノーベル平和賞を受賞した際、被爆者の存在を世界に知らしめた喜びを語った。同年からは「核兵器をなくす日本キャンペーン」の副代表理事も兼任。核兵器廃絶活動の最前線に立ち続けている。

日常の中で伝え続けていくことの重要性

――日本被団協は2024年にノーベル平和賞を受賞されました。

受賞は大変光栄なことですが、同時に現代ならではの課題も感じています。例えばウクライナの問題などはその典型です。メディアでの報道が減ると、子どもたちは「もう終わったことなんだ」と感じてしまいがちです。

被害の映像が出なくなると、事態が収束したかのように錯覚してしまいますが、実際にはまだ亡くなっている方や、苦しんでいる方がたくさんいます。

今回の受賞も同様で、一過性の話題にしてはいけません。メディアが報じなくなっても、「あの人たちは今、私たちと同じように食べることができないんですよ」といった事実を、日常の中で伝え続けていくことが必要です。それには、「教育」と「メディア」の力が不可欠です。

――学校現場での「平和教育」の意義をどうお考えですか。

まずは先生方ご自身が、「平和教育は重要である」と認識してくださることが

第一歩です。その上で、一人ひとりが「自分には何ができるか」を考えていただきたいです。

「こうしてください」と押し付けるものではありません。「核兵器廃絶」という大きなテーマから入るのも良いですが、もっと身近な視点でも構いません。スポーツであれ、音楽であれ、どのような切り口でも良いです。

「自分が好きなこと、できることから何ができるか」を子どもたち自身に考えさせる。そうした教育こそが、これからの平和教育のあり方ではないでしょうか。

強制されて始めたことは長続きしませんが、自分が「やりたい」と思って取り組んだことは、子どもたちの心の中で生き続けるはずです。

――「戦争を知らない自分が伝えていいのか」と悩む教職員も少なくありません。

その葛藤はよくわかります。私自身、1歳10カ月で被爆しており、当時の記憶がありません。だからこそ、証言活動を行う上で「話を盛らない」ことを信条としています。

伝聞や個人的な感情を加えることなく、母から聞いた事実を脚色なく話す。それが私が聞いた「実相」だからです。

かつて、母から聞いた話を文章にまとめ、母に読んでもらったことがあります。すると母は、「こんげんもんじゃなか(こんなものではない)」と一言だけ口にしました。

体験者にしか分からないことがある。記憶のない自分が証言することに対し、私自身も長らくためらいを感じていました。

そんな私の背中を押してくれたのは、2016年に国連の会議でお会いしたサーロー節子さんでした。私の迷いを打ち明けると、彼女はこう言いました。

「お母様の話を聞きながら育ったあなたは、いろんなことを知っているのだから話していいのよ。あなたのような若い人が話してくれる方が嬉しいの」

その言葉に、はっとさせられました。

先生方も同じです。「知らないから語れない」のではありません。まずは、先生方ご自身が、今世界で起きていることや、原爆が何をもたらしたかを「知る」ことから始めてください。

事実を知ることによって、平和を願う先生方の思いは深まり、その熱意は必ず子どもたちに伝わります。

事前学習で現地の風景は全く異なる

――修学旅行で広島や長崎を訪れる学校も多いと思います。学びを深いものにするために、助言するとしたらどんなことでしょうか。

「事前学習」が何より重要です。予備知識がないまま現地を訪れ、漠然と見学して終わるのではなく、「こういう事実があったのだ」という背景を理解してから足を運ぶ。そうすることで、現地の風景は全く違って見えてきます。

例えば、長崎の「山里小学校」の校舎跡や「朝鮮人被爆者の碑」、広島の「原爆の子の像(佐々木禎子さんの像)」など。

建造物として単に「すごい」と眺めるのではなく、なぜその碑がそこに存在するのか、背景にある歴史やストーリーを事前に学んでおくのです。

また、長崎の「如己堂(にょこどう)」も推奨します。永井隆博士が過ごしたわずか二畳の住まいですが、「己の如く隣人を愛せよ」という聖書の言葉に由来する精神性を学ぶことは意義深いでしょう。

事前の学びがあれば、現地訪問は「これがそうだったのか」という「答え合わせ」となり、子どもたちの内面で実感が深まる貴重な機会になります。

また、配慮が必要な点として、長崎の平和祈念像などについての言及があります。

信仰上の理由などで「偶像」を拝まない方もいます。学校現場が多様化する中、海外にルーツを持つお子さんもいるでしょう。

「像そのものを拝むのではなく、亡くなった人たちのことを思いながら頭を下げる場所なのだ」といったていねいな説明や配慮も、先生方に心がけていただけると良いと思います。

「最強の武器は、座って話すこと」

――子どもたちに平和の尊さを伝える際、おすすめの表現や教材はありますか。

まず、表現以前の前提として、ていねいな「言葉の説明」が必要です。 例えば、私は以前、遺体を運んだ車のことを「ゴミ車」と表現していました。

しかし、今の子どもたちには、その元となった「大八車」という言葉自体が通じません。江戸時代からある、人力で引く荷車の上に木の箱を乗せたものが、当時「ゴミ車」と呼ばれていた――そうした背景を補足しないと、遺体が満載されて運ばれた状況が伝わらないのです。

「防空壕(ごう)」や「疎開」といった言葉も同様で、今のパレスチナのニュースなどで聞くサイレンと結びつけながら、「なるほど」と分かるような説明が求められます。

その上で、私は平和の尊さについて、子どもたちによくこのような話をしています。

「仲良くしようと遊びに行く時に、ポケットにアメは入れていっても、石は持っていかないよね? それと同じだよ。本当に仲良くしたいなら、いらないもの(武器)は捨てて、いいものだけを持っていくはずだよね」

平和を望むなら、戦争に備えるのではなく、仲良くする方法、すなわち「対話」を模索すべきです。

たとえ自分に不利な点があったとしても、相手のことも考える。それが核兵器禁止条約の根底にある「公共の良心」という考え方に通じます。

ノルウェーのノーベル平和センター前の敷石には、ネルソン・マンデラ元大統領の言葉が刻まれています。「最強の武器は、座って話すこと」、つまり「対話」であると。暴力ではなく、対話による解決を目指すべきです。

教材としては、日本被団協が発行しているブックレット「被爆者からあなたに」や、スーザン・サザード氏の著書「ナガサキ(Nagasaki)」などをおすすめします。

また、YouTubeなどで被爆者の証言映像を見ることもよいでしょう。ただ、やはり「その人に会う」というのは全く違います。私自身、映像で見た方の話を直接聞いた時に「ああ、違ったんだ」と衝撃を受けた経験が何度もあります。

もし映像を活用するのであれば、先生方が感動を持って聞けた話を「この人に会わせたい」「見せたい」と思うこと。その熱量こそが、子どもたちに届く原動力になるのだと思います。

平和教育は現場の先生の高い意識と情熱に支えられている

――最後に、全国の教職員のみなさんにメッセージをお願いします。

以前、ある国の大使に「唯一の被爆国である日本では、どのような平和教育が行われていますか」と問われ、「学校や、先生によります」と答えたところ、大変驚かれました。

残念ながら、日本の平和教育はシステムとして確立されたものというより、現場の先生方の高い意識と情熱に支えられているのが現状です。

そうした中で、今回のノーベル平和賞受賞において何より嬉しかったことは、「被爆者がまだ存在している」という事実と、日本被団協が積み重ねてきた活動について、世界中の方々に知っていただけたことでした。

だからこそ、先生方にお願いしたいのです。この事実を風化させず、平和の大切さを「先生ご自身の言葉」で語ってください。

今は平和な日本ですが、「もし自分の身に起きたらどうなるか」と自分事として捉えてみる。そして、「自分だけ良ければいい」ではなく、「共通の良きこと(Common Good)とは何か」を、子どもたちと一緒に考えていっていただきたいです。

私も、命ある限り被爆の実相を語り続け、先生方と共に、子どもたちの未来を守るための歩みを進めていきたいと思います。

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「知らないから」とためらわず、教職員自身の言葉で語る平和教育を ノーベル賞受賞の日本被団協・和田さん

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「知らないから」とためらわず、教職員自身の言葉で語る平和教育を ノーベル賞受賞の日本被団協・和田さん

戦後80年という大きな節目を迎えています。 被爆者の高齢化が進み、直接体験を語れる人が減っていく中で、どう平和を語り継いでいけばよいのでしょうか。 2024年にノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の事務局次長を務める和田征子さんは、「私は被爆当時の記憶がないため、母から聞いた事実を『盛らず』に伝えることを大切にしています」と語ります。日本被団協が訴え続けてきた理念、そして平和教育に取り組む際に教職員に大切にしてもらいたいことなどについて話を聞きました。

和田 征子さん(わだ・まさこ、日本被団協事務局次長)
1943年長崎市生まれ。被爆当時は1歳10カ月。活水女子短期大学と明治学院大学を卒業後、英語教員として勤務。1977年からの約5年間はアメリカで生活。2015年から日本被団協の役員を務め、国内外で被爆体験を語り続けている。24年に日本被団協がノーベル平和賞を受賞した際、被爆者の存在を世界に知らしめた喜びを語った。同年からは「核兵器をなくす日本キャンペーン」の副代表理事も兼任。核兵器廃絶活動の最前線に立ち続けている。

日常の中で伝え続けていくことの重要性

――日本被団協は2024年にノーベル平和賞を受賞されました。

受賞は大変光栄なことですが、同時に現代ならではの課題も感じています。例えばウクライナの問題などはその典型です。メディアでの報道が減ると、子どもたちは「もう終わったことなんだ」と感じてしまいがちです。

被害の映像が出なくなると、事態が収束したかのように錯覚してしまいますが、実際にはまだ亡くなっている方や、苦しんでいる方がたくさんいます。

今回の受賞も同様で、一過性の話題にしてはいけません。メディアが報じなくなっても、「あの人たちは今、私たちと同じように食べることができないんですよ」といった事実を、日常の中で伝え続けていくことが必要です。それには、「教育」と「メディア」の力が不可欠です。

――学校現場での「平和教育」の意義をどうお考えですか。

まずは先生方ご自身が、「平和教育は重要である」と認識してくださることが

第一歩です。その上で、一人ひとりが「自分には何ができるか」を考えていただきたいです。

「こうしてください」と押し付けるものではありません。「核兵器廃絶」という大きなテーマから入るのも良いですが、もっと身近な視点でも構いません。スポーツであれ、音楽であれ、どのような切り口でも良いです。

「自分が好きなこと、できることから何ができるか」を子どもたち自身に考えさせる。そうした教育こそが、これからの平和教育のあり方ではないでしょうか。

強制されて始めたことは長続きしませんが、自分が「やりたい」と思って取り組んだことは、子どもたちの心の中で生き続けるはずです。

――「戦争を知らない自分が伝えていいのか」と悩む教職員も少なくありません。

その葛藤はよくわかります。私自身、1歳10カ月で被爆しており、当時の記憶がありません。だからこそ、証言活動を行う上で「話を盛らない」ことを信条としています。

伝聞や個人的な感情を加えることなく、母から聞いた事実を脚色なく話す。それが私が聞いた「実相」だからです。

かつて、母から聞いた話を文章にまとめ、母に読んでもらったことがあります。すると母は、「こんげんもんじゃなか(こんなものではない)」と一言だけ口にしました。

体験者にしか分からないことがある。記憶のない自分が証言することに対し、私自身も長らくためらいを感じていました。

そんな私の背中を押してくれたのは、2016年に国連の会議でお会いしたサーロー節子さんでした。私の迷いを打ち明けると、彼女はこう言いました。

「お母様の話を聞きながら育ったあなたは、いろんなことを知っているのだから話していいのよ。あなたのような若い人が話してくれる方が嬉しいの」

その言葉に、はっとさせられました。

先生方も同じです。「知らないから語れない」のではありません。まずは、先生方ご自身が、今世界で起きていることや、原爆が何をもたらしたかを「知る」ことから始めてください。

事実を知ることによって、平和を願う先生方の思いは深まり、その熱意は必ず子どもたちに伝わります。

事前学習で現地の風景は全く異なる

――修学旅行で広島や長崎を訪れる学校も多いと思います。学びを深いものにするために、助言するとしたらどんなことでしょうか。

「事前学習」が何より重要です。予備知識がないまま現地を訪れ、漠然と見学して終わるのではなく、「こういう事実があったのだ」という背景を理解してから足を運ぶ。そうすることで、現地の風景は全く違って見えてきます。

例えば、長崎の「山里小学校」の校舎跡や「朝鮮人被爆者の碑」、広島の「原爆の子の像(佐々木禎子さんの像)」など。

建造物として単に「すごい」と眺めるのではなく、なぜその碑がそこに存在するのか、背景にある歴史やストーリーを事前に学んでおくのです。

また、長崎の「如己堂(にょこどう)」も推奨します。永井隆博士が過ごしたわずか二畳の住まいですが、「己の如く隣人を愛せよ」という聖書の言葉に由来する精神性を学ぶことは意義深いでしょう。

事前の学びがあれば、現地訪問は「これがそうだったのか」という「答え合わせ」となり、子どもたちの内面で実感が深まる貴重な機会になります。

また、配慮が必要な点として、長崎の平和祈念像などについての言及があります。

信仰上の理由などで「偶像」を拝まない方もいます。学校現場が多様化する中、海外にルーツを持つお子さんもいるでしょう。

「像そのものを拝むのではなく、亡くなった人たちのことを思いながら頭を下げる場所なのだ」といったていねいな説明や配慮も、先生方に心がけていただけると良いと思います。

「最強の武器は、座って話すこと」

――子どもたちに平和の尊さを伝える際、おすすめの表現や教材はありますか。

まず、表現以前の前提として、ていねいな「言葉の説明」が必要です。 例えば、私は以前、遺体を運んだ車のことを「ゴミ車」と表現していました。

しかし、今の子どもたちには、その元となった「大八車」という言葉自体が通じません。江戸時代からある、人力で引く荷車の上に木の箱を乗せたものが、当時「ゴミ車」と呼ばれていた――そうした背景を補足しないと、遺体が満載されて運ばれた状況が伝わらないのです。

「防空壕(ごう)」や「疎開」といった言葉も同様で、今のパレスチナのニュースなどで聞くサイレンと結びつけながら、「なるほど」と分かるような説明が求められます。

その上で、私は平和の尊さについて、子どもたちによくこのような話をしています。

「仲良くしようと遊びに行く時に、ポケットにアメは入れていっても、石は持っていかないよね? それと同じだよ。本当に仲良くしたいなら、いらないもの(武器)は捨てて、いいものだけを持っていくはずだよね」

平和を望むなら、戦争に備えるのではなく、仲良くする方法、すなわち「対話」を模索すべきです。

たとえ自分に不利な点があったとしても、相手のことも考える。それが核兵器禁止条約の根底にある「公共の良心」という考え方に通じます。

ノルウェーのノーベル平和センター前の敷石には、ネルソン・マンデラ元大統領の言葉が刻まれています。「最強の武器は、座って話すこと」、つまり「対話」であると。暴力ではなく、対話による解決を目指すべきです。

教材としては、日本被団協が発行しているブックレット「被爆者からあなたに」や、スーザン・サザード氏の著書「ナガサキ(Nagasaki)」などをおすすめします。

また、YouTubeなどで被爆者の証言映像を見ることもよいでしょう。ただ、やはり「その人に会う」というのは全く違います。私自身、映像で見た方の話を直接聞いた時に「ああ、違ったんだ」と衝撃を受けた経験が何度もあります。

もし映像を活用するのであれば、先生方が感動を持って聞けた話を「この人に会わせたい」「見せたい」と思うこと。その熱量こそが、子どもたちに届く原動力になるのだと思います。

平和教育は現場の先生の高い意識と情熱に支えられている

――最後に、全国の教職員のみなさんにメッセージをお願いします。

以前、ある国の大使に「唯一の被爆国である日本では、どのような平和教育が行われていますか」と問われ、「学校や、先生によります」と答えたところ、大変驚かれました。

残念ながら、日本の平和教育はシステムとして確立されたものというより、現場の先生方の高い意識と情熱に支えられているのが現状です。

そうした中で、今回のノーベル平和賞受賞において何より嬉しかったことは、「被爆者がまだ存在している」という事実と、日本被団協が積み重ねてきた活動について、世界中の方々に知っていただけたことでした。

だからこそ、先生方にお願いしたいのです。この事実を風化させず、平和の大切さを「先生ご自身の言葉」で語ってください。

今は平和な日本ですが、「もし自分の身に起きたらどうなるか」と自分事として捉えてみる。そして、「自分だけ良ければいい」ではなく、「共通の良きこと(Common Good)とは何か」を、子どもたちと一緒に考えていっていただきたいです。

私も、命ある限り被爆の実相を語り続け、先生方と共に、子どもたちの未来を守るための歩みを進めていきたいと思います。

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