家という空間でより豊かに、心地よく暮らすために――。住友林業が掲げる「インクルーシブデザイン」は、住む人それぞれの視点に立ち、将来にわたって快適で安心できる家づくりの考え方だ。それを実現するためには、お客様一人ひとりのライフスタイルに寄り添い、課題やニーズを丁寧に聞き取ることが欠かせないという。 自由設計の住友林業だからできるインクルーシブデザインについて、住友林業建築デザイン部長の中垣慶之さんと、社会やビジネスのユニバーサルデザイン化に取り組む株式会社ミライロ代表の垣内俊哉さんが語り合った。

家づくりの第一歩は「聞く」ことから

一邸一邸、お客様の夢をかたちにする住友林業の家づくり。家族一人ひとりが、より豊かで幸せになれる住まいを建てるために、どのように多様なニーズと向き合っているのか。

住友林業建築デザイン部長の中垣慶之さん
中垣慶之さん 住友林業 建築デザイン部長。1988年住友林業入社。1年間の工事研修後、東京エリアで1989年から2008年まで設計担当として取組み完成物件は334棟。その後は設計管理職として千葉、神戸、大阪で業務を行い、2016年から現在の建築デザイン部のGM、2019年から現職。

中垣 我々がつくっているのは、個人の注文住宅です。対象となるお客様は、その家に住まわれる方全員になるわけです。暮らし方も異なるお客様一人ひとりに、「家という空間でより豊かに、幸せに過ごしていただくこと」が私たちの最大の使命だと考えています。そのためには、そこに暮らすご夫婦、お子様、ご両親など、お一人お一人がどんな暮らしをしたいのか、そこに住まわれる一人ひとりからじっくりと話を聞き、潜在的な要望や課題、将来どんな暮らしになるのかを見越して設計をしていく必要があります。一人ひとりの課題に寄り添った家づくりが、私たちの考えるインクルーシブデザインです。

株式会社ミライロ代表の垣内俊哉さん
垣内俊哉さん 1989年生まれ、岐阜県中津川市出身。生まれつき骨が弱い「骨形成不全」という難病で、車いすでの生活を送る。立命館大学在学中に株式会社ミライロを設立。障害者や高齢者のサポート方法などを伝える「ユニバーサルマナー検定」や、障害者手帳をデジタル化した「ミライロID」など多様なサービスを展開している。

垣内 私の実家は、私が小学4年の時に建て替えをしました。その時、父が車いすに乗っている私と弟に、「どうしたら家の中でも車いすで自由に動けるようになるのか、2人の意見をしっかりとまとめるように」と言ったんです。手伝ってもらうことが当たり前ではなく、私と弟が車いすでも自由に動ける環境を家の中に整えれば、できることがどんどん増えるのではないかと父は考えてくれました。扉の手すりを長くしたり、玄関の高低差を少なくしたり、それまでは父母のサポートがないとできなかったことが、一人でできるようになりました。「家の中でこれができるようになったのだから、今度は外でもあれができるのではないか」など、自信を得ることができた貴重な機会でした。そのような実体験から「聞く」という姿勢を大切にしている住友林業さんの家づくりには、大きな期待と可能性を感じています。

中垣 インクルーシブデザインを掲げた実例も増えてきていますが、垣内さんのお父様が実践されていたような住まわれるご家族から「話を聞く姿勢」が、家づくりにおいては非常に大切です。ご相談に来られた方のご要望だけをお聞きしたとしても、同居されている家族の意見は違うかもしれない。また、小さなお子様や高齢者も安心して快適に過ごすための課題や工夫までは、同居する家族でも見えないことがあります。その家に住む人それぞれの見えないニーズを掘り起こして形にしていく、そのためには、一人ひとりの話に耳を傾けることが欠かせません。

垣内 目の前のお客様、目の前の人それぞれに合わせたものをつくり、提供するというのがインクルーシブデザインという考えです。そのため、やはり聞くということが重要になるという住友林業さんの姿勢には非常に共感します。障害者だから、車いす利用者だから、高齢者だからこうという正解は一つもないのです。例えば、私の場合はずっと車いすに乗っていますが、私の弟の場合は、「車いすから普通のいすに移りたい」とよく言います。同じ兄弟で、同じ車いす利用者でもニーズが違う。そういった意味でも、一人ひとりの話に耳を傾け、お客様に寄り添って住環境を考えていくことは非常に重要なアプローチですね。住友林業のみなさんがそれを実践していることは、多くの方に喜ばれる家づくりにつながっているはずだと感じます。

全社員で取り組む「すべての人に開かれた」空間づくり

住友林業では、社員全員が「ユニバーサルマナー検定3級」を取得している。多様な視点を理解し、適切なコミュニケーションを学ぶことで見えてくることは、家づくりのどんなところに生かされているのだろうか。
※ユニバーサルマナー検定 https://universal-manners.jp/

ユニバーサルマナー検定を受ける住友林業の社員
2018年度から社員のユニバーサルマナー検定の取得を進めてきた住友林業。グループワークやオンライン研修を通じて、2021年度に全社員の受講を達成した。

垣内 ユニバーサルマナーとは、多様な方々に向き合うためのマインドとアクションのことです。それらを体系的に学び、身につけるための検定がユニバーサルマナー検定です。企業や教育機関、自治体などが導入しています。住友林業さんでは、社員全員がユニバーサルマナー検定3級を取得されていますね。

中垣 弊社で障害者雇用について課題を抱えていた2018年、まずは役員と部長・支店長全員が受検したところ、とても好評でした。雇用の側面だけではなく、多様なお客様とのコミュニケーションの向上という面でも全員で受けるべきだと考え、現在は全社員がユニバーサルマナー検定3級を取得しています。

対談する中垣さんと垣内さん

垣内 例えば、街中で困っている人を見かけた際に、「何か手助けをしたい」と思っても、どのように声をかけていいのかわからない、かえって迷惑になるかもしれないと不安に感じ、サポートの仕方がわからないという人が非常に多い。しかし、それは多様な方々の視点がわからないからというシンプルな理由なのです。「知る」というたった一つのことで、行動に移せることは広がっていきます。住友林業さんが住宅メーカーとして先陣を切って、ユニバーサルマナーについて学び、検定を取得して住まいづくりに生かされているという実績が、これからの日本において多くの企業の指針となるのではと期待しています。

中垣 社員の意識は少なからず変わってきていると感じています。ユニバーサルマナー検定は、障害のある方だけではなく、高齢者やベビーカー利用者など多様な方々への関わり方をテーマにしているため、検定を受けているかいないかでいざという時の対応に差が出ます。弊社では、設計やインテリアコーディネーター、施工管理など様々なメンバーでチームを組んでプロジェクトを進めるため、全員が検定を取得していることで、同じ視点で推進でき、全員取得のメリットを感じているところです。聴覚障害のあるお客様に対し、紙芝居形式で展示場のエリアを案内したという社員もいました。一人ひとりの心構えや意識が変わり、アクションにつなげられています。

人生100年時代、安心して快適に暮らすための住宅設計とは

外から帰ってきてホッとする場所、ゆっくりとくつろげる空間、家族が集う部屋。家は人生の多くの時間を過ごす場所だ。一人ひとりのニーズに寄り添った住友林業のつくる家、新たに取り入れた視点や技術の実例を紹介。

住友林業のインクルーシブデザインを取り入れた住宅
(左)育児中の生活動線を考えたストレートキッチン、(右)バルコニーとリビングの間にまたぎのないフラットバルコニーは高齢者の要望から商品化された

中垣 例えば、育児中のご家庭で外出先から帰ってきた際、ベビーカーの置き場に悩んだり、片付けに困ったりという声に寄り添った「エントランスクローク」というものがあります。広々とした玄関とベビーカーをしまえるクロークは、とても好評をいただいています。また、お子様への動線を短くできて目が届きやすい「ストレートキッチン」や、高齢のお客様からの要望が多い「フラットバルコニー」などは、それぞれのニーズを具現化した弊社の商品です。途切れなく全体がつながった引き戸の「通し引手」や床から天井まである「ウォール玄関手すり」は、使いやすく、空間のアクセントにもなっています。

住友林業建築デザイン部長の中垣慶之さん

垣内 床から天井までの長い手すりなどは、まさに私が子どもの頃に実家で取り入れてもらったアイデアと同様のものです。通常の手すりは壁の途中までの長さですが、これだと身長によってはつかまりにくいというケースがあります。床から天井までの長さがあれば、子どもから高齢者、車いす利用者もすべての人が利用しやすくなります。広い玄関とエントランスクロークも、車いす利用者にとっても便利だろうなと感じました。

中垣 ありがとうございます。社員全員が多様な視点を持てるようになったことで、住友林業の家づくりにはさらなる可能性が広がったと感じています。これからもお客様一人ひとりのニーズをしっかりと引き出すというインクルーシブデザインの考え方を継承し、家族構成やライフステージの変化を見越した家づくりをしていくことが我々の使命だと考えています。

垣内 多様な視点を生かした空間づくり、しかも機能だけではなくデザインにもこだわった家づくりは、多くの人を幸せにすると思います。住友林業さんの家づくりには、木の温もりが生かされていますから、そこで過ごす時間の豊かさ、温かみはやはり全然違います。住まいは、多くの人が長い時間を過ごし、人が育ち、安心してくつろぐ場所です。だからこそ、一人ひとりのニーズや希望に沿ったものであることが大切です。家づくりにおける選択の幅が広がることで、街、社会においてもインクルーシブデザインの考え方が当たり前になっていく。これこそが、より良い未来への一歩なのだと感じました。