この春、日本財団とIT大手ドワンゴが運営する、通信制大学「ZEN大学」が開校する。完全オンラインで、住んでいる場所や学習する時間、経済状況に関わらず、学ぶ意欲のあるすべての人に質の高い授業を提供する――。そんなコンセプトで生まれた「ZEN大学」やその他の高等教育支援の試みについて、設立に携わった同財団の笹川順平専務理事に話を聞いた。
いつでもどこでも、リーズナブルな学費で、質の高い授業を
――社会課題の解決に取り組むNPOを支援している日本財団が、ZEN大学を設立した背景を教えてください
日本財団は、すべての若者が平等に学べ、自分の未来を切り拓いていける社会をめざしています。日本の高等教育には、さまざまな課題があります。
例えば地理的、経済的な教育格差です。日本の大学は都市の一部に集中しており、地元から通える大学が少ないことなどから、地方出身者の大学進学率は全国平均より著しく低くなっています。塾通いや中学受験は過熱し、難関大学の合格者の親の平均年収は、一般より高いという経済格差が生じています。
AIの普及により、今後、社会で必要とされるスキルは大きく変わるにもかかわらず、現在の大学のカリキュラムはそれに対応できていません。
このような日本の高等教育が抱える課題を解決すべく、設立したのがZEN大学です。いつでもどこからでも、リーズナブルな学費で、専門性の高い授業がオンラインで受けられます。

――IT大手ドワンゴとタッグを組んだのはなぜですか
ひとつは、オンライン教育の運営実績があることです。通信制高校のN高等学校(沖縄県うるま市)とS高等学校(茨城県つくば市)は、昨夏の在籍生徒数の合計が3万人を超える規模になっています。
もう一つは、優れたエンターテインメントのノウハウを持っていることです。ドワンゴさんが制作する動画コンテンツは、エンターテイメントの要素を上手に取り入れ、学生の興味や好奇心をひきつけ、学ぶ意欲を高めるよう工夫されています。この点は我々にはノウハウがない重要なポイントでした。
文理を超えた6分野279科目から自由に選択
――ZEN大学では、授業がオンデマンド形式で、時間や場所を選ばずに受けられますね
生活費の高い東京に出てこなくても、地方にいながら最先端の大学教育を受けられます。そのため本校の出願者は47都道府県すべてにわたっています。働きながら学べるため、社会人の出願者も多いです。スクーリングや卒論が不要で、124単位を取得すれば卒業できます。頑張れば4年かけずに数年で卒業することも可能です。
――学部は「知能情報学部」のみで、「数理」「情報」「文化・思想」「社会・ネットワーク」「経済・マーケット「デジタル産業」の6分野から自由に選んで学べるのも特色です
複雑化、高度化した現代社会の課題を解決するには、幅広い知識が必要です。どの分野においても論理的思考力やAIスキルが不可欠ですし、理系だからといって経済や法律のことを知らなくて済む時代でもありません。もはや理系と文系を分ける従来の学部分けは無意味になってきています。
本校では、文理を超えた6分野279科目から、自身の興味やキャリアの方向性に応じて学びたいものを自由に選べる仕組みにしました。例えば「プログラミング」と「哲学」を組み合わせたり、「AI」と「経済」を並行して学んだり。ITエンジニアを目指すなら「情報」と「数理」を重点的に学ぶことも可能です。
――AI教育には特に力を入れていますね
AI教育に関しては、日本の大学でもトップレベルの内容をめざしています。その一環として、日本のAI研究の第一人者、東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授と連携した「第二松尾研」を創設します。ここでは「AI×福祉」「AI×経済」といった様々な領域とAIの組み合わせの可能性を探り、AIを使いこなす力を磨きます。
国内外100以上の現場体験型プログラム
――地方や企業でのインターンシップ、海外スタディーツアー、留学プログラムなど、現場体験型の課外プログラムもありますね
AIを真に使いこなすには、人間だけが持つ志や価値判断が重要です。だからこそ、感受性の豊かな若いうちに、オンラインの授業だけでは味わえない現場でのリアルな体験を通して、感性を磨くことが大事になってくると考えています。
私はこれまで財団として取り組んできた社会課題解決の現場で、人が変わったように成長する若者をたくさん見てきました。ZEN大学の学生にも、ぜひそのような機会を与えたいと考え、私どものノウハウやネットワークを活かし、ドワンゴさんとも連携した国内外100を超える体験プログラムを用意しました。
ウクライナ避難民やカンボジアの子どもたちの支援などのボランティアを含め、ここまで充実した現場体験のプログラムをもつ大学はないと思います。

――地域の企業や自治体と連携した課題解決型プログラムも充実しています
日本は課題先進国と言われますが、日本の課題の多くは地方にあります。課題が多いからこそ、地方には学びやチャンスも多いのです。
ZEN大学には「メタバースによるまちおこし」「地域農産物を活用した商品開発」「離島での教育振興や職業体験」など、都市部出身の若者も地方の課題を実感し、地方の人々と交流できる機会がたくさんあります。さらに自治体や企業と連携したワークショップなど、将来のキャリアに直結する実務的なプログラムも多数用意しています。
アドバイザーが学生生活をサポート。返済不要の奨学金制度も
――オンライン授業が中心ですと、学生がモチベーションを維持したり、進捗状況を管理したりするのは大変そうです
本校では生徒一人ひとりに対し、3種類のアドバイザーがつきます。日々の学習の進捗管理や学生生活の困りごとをサポートする「クラス・コーチ」、履修相談や補修授業などで学びそのものを支援する「アカデミック・アドバイザー」、キャリア形成や進路選択を担当する「キャリア・アドバイザー」です。
日々の学習は「ZEN Study」というオリジナル学習システムで進行管理します。学生はこのシステムを使って授業の進捗状況や学習記録を確認し、授業内容について質問したり、学生同士で意見交換したりできます。
テストの提出率などのデータは教職員に共有されており、学習が停滞している時はフォローの連絡を入れるなど、テクノロジーの活用で一人ひとりの状況に応じたきめ細かい支援を可能にしています。

※グラフの数字は、独立行政法人日本学生支援機構「令和2年度学生生活調査結果」に基づき、株式会社ドワンゴが集計した進授業料用シミュレーションより算出した授業料です。「令和2年度学生生活調査結果」には、学年の記載がありません
※授業料は、減額または減免対象者を含め、実際に納入する額を指します。テキスト・教材、授業料以外の学校納付金、修授業料、課外活動費、通授業料は含まれていません
※システム利用料2万円、学籍管理料3万円を含みます
※履修する科目や課外活動によって別途費用がかかることがあります
=グラフ・注釈ともに日本財団提供
――授業料は年間38万円とリーズナブルです
国立大学の年間授業料約53万円(2023年度)より15万円ほど学費のハードルを低く設定しました。私どもは学ぶ意欲のある若者が、お金がないから学べないという状況をなくしたいと考えています。そこで年間授業料38万円と入学検定料・入学金を全額免除する奨学金を最大500人分も用意しています。
個性や学びの速度に応じた教育で、誰もが未来をつくれる社会に
――日本財団ではこの秋、米国ミネルバ大学の日本拠点も開設しますね
ミネルバ大学は国連関係機関から「世界で最も革新的な大学」に選出されています。特定のキャンパスや校舎をもたず、1学年150名の生徒が寮生活をしながら7都市をまわり、オンラインで授業を受けながら、現地企業やNPO、行政らと協働したプロジェクト学習やインターンシップに取り組みます。
学生の8割以上は100カ国以上からの留学生で、非常に多様性に富んでいます。そんなミネルバ大学の8都市目となる拠点を、日本財団がつくることになりました。ミネルバ大学の学生とZEN大学の学生が協働し、地方の社会課題解決に取り組むプログラムも計画しています。

――ZEN大学もミネルバ大学も、日本の従来の大学教育を大きく変える取り組みですね
日本の教育は欧米に比べると、子どもを枠にはめる傾向があります。なるべく不得意なことや欠点を減らし、同質的な優等生を生み出そうとします。でも、人間は一人ひとり違うのだから、良いところをさらに伸ばすことにリソースを割いたほうが、社会全体の生産性もあがります。
今はテクノロジーの進歩により、一人ひとりの個性や学びの速度に合わせた教育も可能になりました。とはいえ公教育は、そう簡単には変えられません。だからこそ、私たちのような民間が、先陣を切ってAI時代の新しい教育のかたちをつくる必要があるのです。

――最後に大学進学を考えている若者へメッセージをお願いします
今、世界は大きな変化の中にあります。先のことは誰にも予測できません。でも自分の未来は、自分がこれから自由につくることができます。
逆に言えば、あなたの未来をつくれるのは、あなたしかいません。あなたらしい、あなたならではの未来をつくるために、私たちの事業をぜひうまく活用してください。若い人たちにはぜひ、何ごとにも好奇心をもち、楽しみながら、フットワーク軽く挑戦してほしいですね。