
「紙ヒコーキ」といえば、誰もが子供のころに飛ばして遊んだことがあるのではないでしょうか。

しかし、その紙ヒコーキ、たかが子供の遊びと侮れない奥深い世界なんだとか。大規模な全国大会や世界大会、さらには「折り紙ヒコーキ協会」なる専門の組織まで存在する、子供から大人までが熱狂する一大ジャンルなのです。
また、紙ヒコーキをきっかけに、不登校や引きこもりだった子が自信を取り戻して東大へ進学したり、タイの小学生が国民的ヒーローに上り詰めたりしたそう。紙ヒコーキは、人生を劇的に変えるほどのパワーを秘めているのでしょうか。
折り紙ヒコーキ協会の事務局が置かれているのは広島県福山市。精密金属部品メーカー「株式会社 キャステム」内にあります。

紙ヒコーキ博物館
同社はなんと、紙ヒコーキに特化した事業部門を持っていて、日本でここだけの「紙ヒコーキ博物館」まで手掛けています。さらに隣町の神石高原町には、紙ヒコーキを飛ばすためだけに建てられたという世界初のタワーまであるとか。
そして、紙ヒコーキを飛ばして2度もギネス記録を更新した実績を持つ人が、日本にいます。
その人こそ、折り紙ヒコーキ協会の会長であり、設立者である戸田 拓夫(とだ たくお)氏。

戸田拓夫氏
なんと戸田氏は、キャステムの代表取締役でもあります。
福山市の紙ヒコーキ博物館を訪ね、戸田氏に紙ヒコーキの奥深い世界について話を伺いました。
話を聞いた人:戸田 拓夫
1956年、広島県福山市生まれ。株式会社 キャステム 代表取締役社長、折り紙ヒコーキ協会 会長、紙ヒコーキ博物館 館長。大学在学中に体調を崩したことをきっかけに、折り紙ヒコーキに目覚める。世界初の立体型折り紙ヒコーキ「スペースシャトル」をはじめ、ギネス世界記録を生み出した「スカイキング」など、作り出した折り紙ヒコーキの作品数は1000機を超える。2010年12月、自身が持っていた当時の紙ヒコーキ室内滞空時間・ギネス世界記録を更新する「29.2秒」を樹立。国内のみならず世界中で、折り紙ヒコーキの指導や大会を行っている。
奥深き紙ヒコーキの世界。JALも協力する協会の多彩な活動

──紙ヒコーキに専門の協会や博物館があるなんて驚きました。
一言で「紙ヒコーキ」といっても、奥が深いんですよ。まず覚えてほしいのは「紙ヒコーキ」には2タイプあることです。一つは「切り紙ヒコーキ」。もう一つが「折り紙ヒコーキ」です。
切り紙ヒコーキは、紙を切って、糊や接着剤で貼ってつくります。一方で、折り紙ヒコーキは、1枚の紙を折り込んでいってつくる紙飛行機です。
──知りませんでした。紙ヒコーキ博物館や折り紙ヒコーキ協会は、カタカナで「紙ヒコーキ」ですが、これは何か意味があるんでしょうか?
良いところに目を付けましたね! 実は、私が立ち上げの際、あえてカタカナ表記にこだわったんです。本来、「飛行機」というのは、動力が付いたものだと私は考えています。紙飛行機には動力が付いていませんから、正確には「紙グライダー」だと思うんですね。
ただ、紙グライダーと言われても日本ではピンとくる人が少ないので、「紙ヒコーキ」という名前で差別化しました。また、私が折り紙ヒコーキ専門なので、協会もそちらに特化したものになっています。
──なるほど。折り紙ヒコーキの競技大会まであることも驚きでした。
大会は折り紙ヒコーキ協会が主催で、全国から子供だけでなく、大人も参加しますよ。ちなみに大会では2種目あって、どれだけ遠くに飛ばせるかを競う「飛距離」種目と、どれだけ長い時間飛んでいるかを競う「滞空時間」種目。私は「滞空時間」が専門です。
──そもそも折り紙ヒコーキ協会は、どのような活動をしているのでしょうか?
一番は、折り紙ヒコーキの普及活動です。競技大会などのイベント開催もその一つ。ほかに、各地で紙ヒコーキ教室や展示会などを開催しています。
あとは正しい折り方・飛ばし方を伝承し次世代へ技術を継承するため、指導員の養成をしています。現在、協会には約3,000人が所属していますが、ほとんどが指導員です。
折り紙ヒコーキ協会は、所属する会員が折り紙ヒコーキを楽しむ会ではありません。お子様をはじめ、みなさまが折り紙ヒコーキを楽しめるよう、「ものづくり」「学び」「交流」の場をつくる会です。

折り紙ヒコーキ大会の様子(提供:折り紙ヒコーキ協会)
──折り紙ヒコーキは、想像以上に社会的意義があるんですね。協会は、戸田さんが発起人なのですか?
はい。私が設立しました。もともと私は、学生時代に折り紙ヒコーキづくりに熱中していました。しかし社会に出て、稼業であるキャステムに入ってからは仕事が忙しく、折り紙ヒコーキからは遠ざかっていたんです。
しかし、あるとき取引先の飛行機メーカーに、私のつくった紙ヒコーキをプレゼントしたら、応接室に飾ってくれました。それが次第に噂になって、ついには制作者である私の所にマスコミの取材が来るようになったんです。それがきっかけで、再び折り紙ヒコーキをつくるようになりました。
──思わぬことがきっかけになったんですね!
その後、折り紙ヒコーキのつくり方を書いた本の出版、折り紙ヒコーキのつくり方教室なども開催し、少しずつ「折り紙ヒコーキの専門家」として知られるようになったんです。1993年には、地元の「ふくやま美術館」で折り紙ヒコーキの展示会も開催しました。
やがて忙しくなって、私1人で折り紙ヒコーキの活動をするのは限界が来たので、折り紙ヒコーキ協会を設立し、キャステムの従業員にも協力してもらう形で、協会の会員に名を連ねてもらいました。協会の設立は1996年です。現在では、JAL(日本航空)さんも協力してくださっています。
──なんと、JALも協力とは⁉︎
JALさんは、折り紙ヒコーキを通じて子供たちに空の仕事に関心をもってもらおうと、紙ヒコーキの活動を始めました。さきほど、折り紙ヒコーキ協会の指導員は3,000人ほどいると話しましたが、JALさんの社員の方も多いです。今では、JALさん主催で折り紙ヒコーキ教室や折り紙ヒコーキ大会を開催するほど尽力されています。
日本初!? 紙ヒコーキの博物館に紙ヒコーキを飛ばす専用タワー!

紙ヒコーキ博物館の1階は、戸田氏が考案したオリジナル折り紙ヒコーキを展示。展示数は約400点に及ぶ

2階には、世界中の名人が生み出した紙ヒコーキや、ギネス世界記録更新時の紙ヒコーキ・認定書なども展示
──折り紙ヒコーキ協会設立に続いて、紙ヒコーキ博物館を設立した理由を教えてください。
あまりにたくさんの折り紙ヒコーキをつくったので、自宅で収納する場所がなくなったんです。仕方がないので、自宅の畑を潰して小屋を建てて…… 最終的に2001年に「紙ヒコーキ博物館」として一般公開することに(笑)。
──そんな事情がきっかけだったんですね…… 「紙ヒコーキタワー」なるものもあると聞いたのですが。
「とよまつ紙ヒコーキタワー」ですね! 世界初の「折り紙ヒコーキを飛ばすためのタワー」です! 博物館完成から2年後の2003年に完成しました。「思う存分に折り紙ヒコーキを飛ばせる施設がほしいなぁ」とずっと思っていたことがきっかけです。ちなみに、折り紙は環境配慮素材「バガス紙」を使用しているため、土に返ります。

とよまつ紙ヒコーキタワーは、福山市の北隣・神石郡神石高原町(当時は豊松村)の米見山(よなみやま)という標高663mの山の上にあり、高さは約26m

取材時は、「風に乗りやすい」とおすすめされた「紙コプター」を飛ばしてみた
ものづくりの原点は「遊び」。紙ヒコーキで日本のものづくりを元気に

──ぶっ飛んだといえば、企業の社長でありながら、折り紙ヒコーキに情熱を注ぐ戸田さん自身もぶっ飛んでいると思います。そもそも、どのような経緯で折り紙ヒコーキに夢中になったのですか?
小学校くらいまでは、友達の間で折り紙ヒコーキを盛んにつくっては飛ばしていましたね。でも、中学生になってからはつくらなくなりました。
再び折り紙ヒコーキに熱中しだしたのは、大学生のとき。病気になってしまって、入院したり、家で寝たりすることが多くなったんです。暇だから、時間つぶしに折り紙をやり出して、昔よくやった折り紙ヒコーキをつくるようになって。それから、折り紙ヒコーキをつくっては、河原などで飛ばすようになりました。

──ご病気がきっかけだったんですね。
当時、折り紙ヒコーキの第一人者で、中村 栄志(なかむら えいじ)さんという方がおられました。中村さんの折り紙ヒコーキの著書を読んで、そのとおりにつくっても全然飛ばない。そこで、コツを教えてもらうために、中村さんのご自宅をたずねました。最終的に中村さんに認められるほど上達しましたね。

博物館2階では、中村栄志氏の紙ヒコーキも展示
──ご自宅まで行くとは、すごい熱意! 戸田さんはまるで折り紙ヒコーキの研究者のようです。
ある意味、そうかもしれませんね。その後、折り紙ヒコーキの折り方、タイプも数多く考えてきました。最初に「立体型」というタイプを考案。今、長く飛ばせるタイプの代表格になっている「スカイキング」というのがあるんですが、それも私が考案したものです。全部で1000種以上は考えました。

戸田氏が考案した「立体型」

戸田氏考案の「スカイキング」。これでギネス記録を更新した
──1000種以上!! そんなにたくさんの折り紙ヒコーキのタイプを考えているんですね! そういえば、戸田さんは折り紙ヒコーキのギネス記録を達成したことがあると聞きました。
そのとおりです! 「室内滞空時間」でギネス記録を保持していました。2009年に室内滞空時間27.9秒を記録し、ギネス記録を更新したんです。更新した時間は、わずか0.3秒差という僅差。物言いがつかないくらい圧倒的に引き離してやろうと決意し、再度挑戦することにしました。
そして翌2010年に自己記録を更新し、室内滞空時間29.2秒を記録。文句なしのギネス記録を達成したんです! これは2026年2月に破られるまで、世界記録を16年10か月間保持しました。
ギネス記録更新のため、仕事でホテルに泊まったときも、タオルを折り紙ヒコーキに見立てて何度も天井に投げたり、移動中の新幹線の中でも素振りを何度もしていました。車掌さんに、要注意人物として目を付けられていてもおかしくありません(笑)。
──まるでアスリートのようです!
折り紙ヒコーキを投げる練習の影響で肩を痛め、今はボルトが入っています。腰もボロボロです。

ギネス記録を更新した戸田氏考案のフォーム「戸田投げ」(提供:折り紙ヒコーキ協会)

博物館に展示されている、2010年のギネス記録更新時の折り紙ヒコーキ
2010年のギネス記録更新時の映像
──まさに折り紙ヒコーキに命をかけていますね。そこまでして戸田さんが折り紙ヒコーキに情熱を注ぐ源泉は何ですか?
日本のものづくりを元気にしたいからです! 私は、ものづくりの原点は「遊び」にあると考えています。現代の遊びといえば、ゲームなどが主流ですよね。昔の子供は、手先や体を使ったり、アイデアや工夫を盛り込んだりする遊びをたくさんやっていました。そのときの経験が大人になったとき、ものづくりなどの仕事に生きていたのではないでしょうか。
折り紙ヒコーキには「折る楽しさ」と「飛ばす探究心」があります。折り紙ヒコーキを通じて、技術力と創造力が養われるのではないでしょうか。そして将来、子供たちに日本のものづくりにそれを生かしてほしいのです!
ほかにもキャステムを含む地元のものづくり企業が共同で毎年6月に、昔の遊びを競う「ワザワングランプリ」も開催しています。

左上は戸田氏考案「スカイキング」。右上・左下・右下は順に「やり型」「イカ型」「へそ型」で、いずれも以前から日本にあるタイプ
──ものづくり企業だからこその熱い思いですね。
それに、紙ヒコーキの起源は日本なんですよ!
──そうなんですか⁉︎
アメリカに紙ヒコーキについて調べた方がおりまして、調査の結果、昭和初期に長野県で子供が紙でヒコーキをつくって飛ばしていたという記録があり、それが世界最初の折り紙ヒコーキだったそうです。
さらにその方は調査を進めて、紙ヒコーキに限らず「紙を折って飛ばす」という行為に着目すると、平安時代にまでさかのぼることが分かったそうです。陰陽師の安倍晴明が、紙を鳥の形にして飛ばしたと記された文献があり、これが「折り紙ヒコーキのルーツ」でした。
だから、私は折り紙ヒコーキの発祥の国として、子供たちに夢を託したいんです!
不登校からの東大進学にタイでの一大ブーム。紙ヒコーキには人生を変える力がある

──戸田さんの折り紙ヒコーキの活動が、日本のものづくりにつながっているとは思いませんでした。
ものづくりだけでなく、お子さんに元気になってほしいというのもあります。例えば、不登校や引きこもりだった子が、自宅で折り紙ヒコーキづくりに熱中し、私のところへ自慢の折り紙ヒコーキを見せに来ることがあるんです。
中には非常に優れた折り紙ヒコーキをつくる子もいまして。そういう子には弊社の協力で、知人の東京大学教授に会い、プレゼンする機会を与えたことがあります。行きと帰りの新幹線には、お子さん一人で乗車してもらいます。
「東大の教授にプレゼンをした」「一人で新幹線に乗って東京に行った」と自信がついて、学校へ行って、楽しく過ごすようになった子が何人もいるんです。その中には、前以上に前向きになって、東大へ進学した子もいました。
──折り紙ヒコーキがきっかけで東大にまで! 折り紙ヒコーキにはパワーがあるんですね。
ちなみに、活動は日本だけではありません。現在は海外でも活動をしています。キャステムの事業所がある国が中心で、一番盛んなのはタイですね。

タイでの大会の様子(提供:折り紙ヒコーキ協会)
──たとえば、海外ではどんな活動を?
タイ政府が主催する「科学技術週間」があるのですが、その期間中に公式の教育イベントとして折り紙ヒコーキの競技会を開催しています。今では、タイ全土から小学生が集まってくるほど、一大カルチャーになりました。折り紙ヒコーキがきっかけで人生がガラリと変わった子もいます。
また、大人を対象にした大会も開催しています。タイで折り紙ヒコーキイベントを始めて、かれこれ20年くらいになるでしょうか。
夢は宇宙にまで広がる!?飽くなき遊び心と挑戦心

イベントで飛ばしたという、巨大な1枚の紙を折ってつくられた立体型折り紙ヒコーキ「スペースシャトル」
──キャステムでは「紙ヒコーキ事業」という会社の業務として紙ヒコーキの活動をやっています。それはなぜですか?
やはり、我々はものづくりの企業だから。さきほど話したように、紙ヒコーキなどの遊びが技術力やアイデアにつながっているからです。あと、会社のことを覚えてもらうことも目的ですね。意外と宣伝効果があります。
──たしかに「金属部品の会社なのに、なぜ紙のヒコーキを?」と疑問になって、記憶に残りますね。
キャステムでは紙ヒコーキ事業のほかにも、漫画『キン肉マン』のグッズなどをつくる「アイアンファクトリー」や、イチゴやトマトの農園運営など、いろいろなことに挑戦しています。遊び心を大切に、従業員がアイデアを出してユニークな取組をしているんです。
ユニークな取組といえば、宇宙から地球に向けて折り紙ヒコーキを飛ばすことが、私の目標なんです。

うちゅう扇(提供:折り紙ヒコーキ協会)
──宇宙で折り紙ヒコーキを飛ばすんですか⁉︎
実は7年ほど前に一度、挑戦しているんです。宇宙から発射できる扇子型の折り紙ヒコーキ「うちゅう扇(せん)」を開発し、それをロケットの先端に搭載しました。地上でボタンを押せば、地球に向けて発射される仕組みです。しかし、残念ながらロケット自体が発射に失敗してしまったので、幻になってしまいました。
──すごく壮大で夢がある計画です。前回の失敗は残念ですが、また挑戦するのでしょうか⁉︎
もちろんです! あきらめていません。負けずに挑戦するつもりです!!

編集:友光だんご






































