長嶋茂雄さん死去、89歳…巨人終身名誉監督『ミスタープロ野球』
2025年6月3日 08時58分
プロ野球巨人で選手、監督として活躍した巨人の長嶋茂雄終身名誉監督が3日午前6時39分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。89歳だった。葬儀は近親者のみで執り行い、後日お別れの会を開く。
長嶋さんは立大から1958年に巨人に入団。1年目から本塁打、打点の2冠と新人王に輝き、翌59年の天覧試合ではサヨナラ本塁打を放つなど戦後のプロ野球人気拡大に多大な貢献。王貞治・現ソフトバンク会長とのON砲で巨人の前人未到の9連覇の立役者となった。74年に「わが巨人軍は永久に不滅です」のスピーチとともに現役引退、翌75年には監督に就任し6年で2度のリーグ優勝を果たした。
93年に2度目の監督に就任すると、ドラフトで自らくじを引いた松井秀喜さんをマンツーマン指導で球界を代表する4番打者に育成。94年には巨人と中日との勝った方が優勝という10・8決戦で「国民的行事」と名言を残してリーグ優勝、日本シリーズでも西武を破って監督として初の日本一を手にした。2000年には王監督率いるダイエーとのON決戦を制し2度目の日本一に。翌01年に勇退し、終身名誉監督となった。
その後アテネ五輪日本代表監督に就任。ただ大会を目前にした04年3月に脳梗塞で倒れ、本番で指揮を執ることは叶わなかった。だが懸命なリハビリで回復するとその後は精力的に活動。近年も度々東京ドームやジャイアンツ球場に姿を見せて身ぶり手ぶりで指導し喜ぶ姿はかつて「野球とは人生そのもの」と語っていたミスタープロ野球そのものだった。
05年には文化功労者表彰され13年には愛弟子の松井秀喜さんとともに国民栄誉賞を受賞。21年にはプロ野球選手としては初めて文化勲章を送られるなど日本の野球界、スポーツ界に大きな足跡を残した生涯だった。
おすすめ情報


