「昨夜おやじを押さえつけた」真面目な家族を虐待へ走らせる…“同居なら生活援助NG”介護保険の理不尽な原則
先月1日、埼玉県川口市の住宅で、訪問中のケアマネジャーの女性が、利用者の息子に殺害されるという痛ましい事件が起きました。
報道によれば、女性は加害者の母親(90代)の訪問診療に付き添うため、複数回この家を訪れていたといいます。しかし、女性を殺害後、加害者も自ら命を絶ったことから、これ以上の真相解明は困難な状況です。
他方で近年は、介護に疲弊した家族による虐待や「介護殺人」の報道も絶えません。ホームヘルパーの藤原るか氏は、必死に父親の介護を続ける男性が「昨夜おやじを押さえつけた」と告白したケースを挙げて、こうした介護をめぐる悲劇の背景に、介護保険制度の「家族と同居なら生活援助NG」という原則があるのではないかと指摘します。(本文:藤原るか)
ヘルパーが見る在宅介護の現実
今回の事件で亡くなられた女性はケアマネジャーでした。正式名称は「介護支援専門員」といい、介護支援が必要な方が適切な介護サービスを利用できるようにサポートするいわば介護保険の専門家です。
私たちホームヘルパーは、そんなケアマネジャーが作成したケアプランをもとに、介護支援が必要な方々のお宅に訪問し、その方の暮らしをサポートしています。
具体的には掃除や洗濯、食事づくりや買い物等の「生活援助」と、入浴介助やおむつ交換等の「身体介護」を行います。
そのほかにも、たとえば庭の植木が枯れている、ゴミが片づけられていない、部屋に異臭が漂うといった、わずかな情報から家庭内の状況を察知して、ケアマネジャーとも情報を共有しあいながら、介護支援にあたっています。
有料老人ホームなどの施設介護と違う「在宅介護」の特徴は、お一人暮らしでない限り、介護者・家族の存在があることです。
しかし、この特徴に対して、介護保険には大きな制度的欠陥があると筆者は感じています。
それは、ケアマネジャーやヘルパーが必要だと考えても「同居家族がいる場合、原則として掃除・洗濯・買い物などの『生活援助』は利用できない」というルールです。
家族の病気や障害などを理由に特例が認められることもありますが、自治体の判断は厳しく、ケアマネジャーが調整しても支援につながらないケースがあります。
「スープの冷めない距離」に引っ越してきた家族が同居とみなされ「生活援助」のプランを打ち切られたという話も耳にします。現場で見ていると、この理不尽なルールが、多くの家庭を孤立させています。
こうした、制度を運用する側の無理解が、介護疲れを生み、虐待や介護殺人の一因となっていると考えるのは行き過ぎでしょうか。
「昨夜はおやじを、ベッドに押さえつけた」
和久さん(93才/仮名)は、要介護2で軽い認知症状もあります。長年息子さんと料理店を経営されていました。お店で転倒して大腿骨頸部を骨折、在宅でのケアがスタートしました。
同居する息子さん(65才)は、お店を継いで、早朝から深夜まで働き詰めです。これでは介護ができないと介護保険を申請しましたが、自治体の判断は「息子が休みの日に家事ができる」というもので、生活援助は一切認められませんでした。
ある日、「身体介護」のためヘルパーが訪問すると、息子さんが青ざめて、こう言いました。
「何度言っても聞かないので、昨夜、おやじをベッドに押さえつけた」
和久さんは、認知症状から息子さんの世話をしようと、息子さんが深夜に帰宅する度に動かない体でベッドから降りるそうで、転倒の危険がありました。「おやじ、転ぶと危ないから」と止めたことで親子げんかになり、ベッドに押さえつけてしまったと言います。
このような家庭は、決して珍しくありません。同居家族がいても生活援助が利用できるようになれば、今孤立している家庭に他者(ヘルパー)が入ることができるのではないでしょうか。
介護保険は本人と家族を守れているのか
介護をきっかけとする虐待や殺人の加害者には男性が多いというデータがあります。ニュースなどでも「旦那さん(息子さん)は介護を頑張ってやっておられました」と周りの方が証言されていることが多いです。
妻や母が認知症になり、介護保険を申請したのに、「同居しているから」という理由で介護と家事のすべてを担うことになった夫や息子。
長年当たり前に家事を続けてきた女性からは、感謝の言葉がない場合もあります。料理の味付けや掃除の出来栄えに文句をつけられたり、これは男女関係ありませんが認知症状が悪化し「私を殺す気か!」「施設に入れて見捨てる気だろう」等と家族が暴言を浴びせられたりする例もあります。
関係者の中には「在宅介護を進めれば進めるほど、介護殺人は増えると思う」という人もいる状況です。事件が起きればセンセーショナルに取り上げられますが、なぜ事件が起きたのか、どうすれば防げたのか、十分な調査や分析はされていないと感じます。
介護保険は本来、家庭内や家族だけに介護の負担を負わせないために、介護を社会の課題とする「介護の社会化」を目指して導入されました。
しかし今、介護保険は、介護支援が必要な人とその家族を守れているのでしょうか。介護保険制度が、高齢者とその家族の暮らしと命を守るために改善されることを、現場から願っています。
■藤原るか
訪問介護事業所のヘルパー。学生時代に障害児の水泳指導ボランティアに参加したことから福祉の仕事に興味を持ち、区役所の福祉事務所でヘルパーとして勤務。介護保険スタートにあわせて退職し、以来訪問ヘルパーとして20年以上活動している。「共に介護を学び合い・励まし合いネットワーク」主宰。
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