これまでとは少し違った動機・視点を持ってカナダを旅してみよう。3回連載の初回は、アルバータ州ジャスパーを訪ねる。2024年の夏に森林火災に遭い、そこから復興してきたカナダ有数の山岳リゾートで待ち受けていたのは、精神性に関わる体験だった。
写真:浮田泰幸
取材協力:カナダ観光局
実はすでに存在していた「復興ツーリズム」という旅のスタイル

暮れなずむ湖畔に立つと、静謐(せいひつ)が肩に、頭に積もっていくような錯覚にとらわれた。ポーヴェール湖の水はどこまでも清明で、水底の丸石の輪郭がずっと先の方までクッキリと透かし見えるようだった。
視線を上方に移せば、泰然として押し黙るロッキーの山の端(は)。心がしんとなった。
2025年9月半ば、私はカナダ、アルバータ州ジャスパーの「フェアモント・ジャスパー・パークロッジ」にいた。ジャスパーは、バンフと並び、カナダを代表する山岳リゾート地であり、湖畔に立つこのホテルは地域を代表する老舗ホテルである。

この日からさかのぼること1年余り前、ジャスパー一帯は忌まわしい災害による大きな被害を受けた。
2024年7月22日に起こった大規模な山林火災がジャスパー国立公園の約3%(327平方キロメートル、東京23区の約半分に当たる)を焼き、人口約5,000人の町の建物の3割を焼失させた。その中にはホテルやロッジといった観光施設も多く含まれていた。住民は避難を余儀なくされ、地域を支える観光業は停止し、甚大な被害を受けた。この年、ジャスパー国立公園を訪れた観光客の数は前年比46%にまで落ち込んだ。
それでも、火災発生から1カ月と経たない8月16日には避難命令が避難警報に引き下げられ、住民は町に戻ることが許された。9月7日には火災鎮圧宣言が出された。そして復興への道のりが始まった。

フェアモント・ジャスパー・パークロッジは不幸中の幸いで被害を免れたが、火の手はすぐ近くまで迫っていたとホテルのスタッフから聞いた。薄暮の静かな湖畔で私は燃え盛る森林を想像しようと試みたが、対岸の一部の木々に火災の痕跡は見られたものの、煤然(ばいぜん)とした焼け野原が広がっているわけでもなく、紅蓮(ぐれん)の炎を思い描くのは容易ではなかった。そこにあるのは「レジリエンス」を体現した自然のみだった。
レジリエンス(resilience)とは、困難に直面した際にそれに耐え忍び、乗り越え、再起・回復する力のことをいう。実際、今回の滞在中、私はその言葉を何度も耳にすることになった。

俗に言う「旅物」の記事では、特定のデスティネーションの魅力──歴史的建造物や自然美、郷土の食文化、地元の酒、居心地の良いホテル、アートやクラフトなど──が伝えられる。災害や戦争といったネガティブな要素はそこに入る余地がない。しかし、果たして本当にそうだろうかという疑問が常に私の胸にあった。
〈旅行は先入観や頑迷さ、偏狭な心を打ち破ってくれる。そして、われわれの多くはまさにそれらを理由に旅を必要としている。人や物事に対する広く、健全で、慈悲深い心は地球の片隅で一生を漫然と過ごして身につくものではないのだ〉
これはマーク・トウェインの『The Innocents Abroad(無垢〈むく〉なる外国人)』の中の一節である。「人や物事に対する広く、健全で、慈悲深い心」を養うために、あえて困難に遭った土地に出向き、レジリエンスに触れる旅もあって良いのではないだろうか。

例えば、ポルトガルのリスボンは1755年に起こった大地震と津波による被害から復興し、現在の美しい姿になった。フランス、ノルマンディー地方のル・アーヴルは第2次世界大戦中に砲撃と空爆によって市街の8割が壊滅的な被害を受けたが、その後復興し、建築家オーギュスト・ペレによる革新的なデザインの街として生まれ変わった歴史を持つ。人々がそれと知らずとも、「復興ツーリズム」はすでに旅のスタイルの一部なのだ。


















