急増する荷物、時間に追われ路地を駆ける 国際通年企画「はたらく世界地図」(4)韓国編 過酷な労働、削られる命

まだ薄暗さの残る午前5時過ぎ、ソウル南西部の九老区。大手運送会社の大型倉庫には、何台もの1トン貨物車が整然と並び、ベストを着た男女がせわしなく動き回っていた。外は肌寒いが、半袖姿も少なくない。倉庫の奥には段ボール箱が積み上げられ、3メートルを超える山となっていた。
移動式のローラーコンベヤーを設置し、作業員が荷物を一つずつ滑らせていく。時折、山が崩れて荷物が落下してくるが、作業の手を休めるわけにはいかない。コンベヤーの先には仕分け担当の作業員がおり、その向こうには地区ごとに担当が分かれた宅配労働者が待っている。
次々と集まってくる荷物を前に、金載国(キムジェグク)(67)は「時間がないな」と顔をしかめた。配送する順番を考えて荷物を荷台に収容していく。約400個の荷物を積み終えると、金は休む間もなく貨物車のアクセルを踏んだ。
▽誇りと現実

金が向かったのは、倉庫から10分ほどの住宅街だ。貨物車の運転席から飛び出すように降りると、荷物を取り出し、駆け足で配送先に向かう。そうした作業を夜まで繰り返す。「住宅地図は全部頭に入っているよ」。この地区の配送を担当してから15年以上が過ぎた。
大学卒業後、食品関係の会社に勤めていた金が宅配業界に入ったのは、30歳の頃だった。「努力次第で稼ぎが増える。肉体労働も嫌いではなかった」。それから一貫して会社には属さず、個人事業主として仕事を請け負ってきた。
仕事への誇りはある。「自分がいなければ、地域の物流は成り立たない」。だが、日々の現実は厳しい。扱う荷物の量は増えても、収入となる1個あたりの手数料は減らされていった。「多い時には1200ウォン(約130円)ぐらいだったけれど、今は750ウォンほど。数をこなさないともうけにならない」。貨物車の燃料費や住宅ローンに加え、物価高が妻との生活に重くのしかかる。

雨の日に足を滑らせて階段から転落し、骨折したこともある。生活のために、痛みをこらえて荷物を運んだ。「100人が宅配労働者になったとして、続けられるのは5人もいないだろう」。引退は考えず、体が持つ限り宅配業を続けるつもりだ。「年を取った人間がやれる仕事なんて、そうはないからね」。額の汗を拭いながら、金はつぶやくように語った。
▽「犬のように」
韓国では近年、宅配の需要が急増している。韓国政府の統計では、2019年の荷物取扱件数は約27億8980万件だったが、2024年には約59億5634万件にまで伸びた。背景には新型コロナ禍以降、インターネット通販が拡大したことなどがある。1人当たりの宅配利用回数は24年が115・2回と、20年の倍近くとなった。
宅配業者の競争も過熱し、深夜に注文しても翌早朝には届く「ロケット配送」など、早さを売りにしたサービスを次々と打ち出した。だが、その負担は現場に重くのしかかり、宅配労働者の過労死が相次いだ。韓国メディアは、17年から8年間で40人が過労死したと伝えているが、労組関係者は「実態はもっと多いはずだ」と言い切る。

24年5月には、新興物流企業の下請けだった宅配労働者の男性が自宅で突然死し、労災認定された。男性は、1日10時間半の勤務を週6回こなしていた。男性のメッセージアプリには、会社から配送をせかされ「犬のように走っている」と返信した記録が残っていた。
「消費者の利便性は飛躍的に向上したかもしれないが、私たちは命を削られた」。同じ会社から仕事を請け負う男性は、怒りで声を震わせた。
▽疑問を漫画に
漫画家の李宗哲(イジョンチョル)(40)が、宅配労働者をテーマにした作品を発表したのは19年のことだった。漫画家を目指してソウルに出てきたが、生活費を得るために宅配の物流倉庫で荷降ろしや仕分けに携わった、20代の実体験を基にした。
出会った宅配労働者たちは、長時間労働を強いられながらも、収入は決して多くなかった。食事を取る時間もなく、コーヒーとたばこで空腹をごまかしていた。「これだけ働いて、なぜ貧しいのか」。その疑問が、漫画を描く動機となった。
当初はあまり注目されなかったが、宅配労働者の過労死が社会問題になると状況は一変した。「こんな苦労があるとは知らずに、宅配を利用していた」といった声が次々と寄せられた。「宅配システムを支える人びとを描くことで、見えにくい労働の全体像を浮かび上がらせたかった」。読者の反応に、李は手応えを感じた。

人工知能(AI)やロボットが進化しても「宅配労働者はいなくならない」と考える。だからこそ、強く願う。「効率だけを優先して労働者を使い捨てにするのではなく、人間らしく働ける条件を整えてほしい」。ペンを握る手に力がこもった。
【取材後記】「破損注意」
李宗哲が宅配労働者をテーマにした漫画本の表紙では、自らをモデルにした青年が、積み上げられた荷物に腰かけて、うつろな表情を浮かべている。そこでイメージされているのは、ボクシング漫画「あしたのジョー」の主人公だという。
社会の底辺でもがく人々と、リングで真っ白に燃え尽きる主人公の姿に衝撃を受けた。李は「強い影響を受けた漫画へのオマージュを込めて、宅配の現場で燃え尽きた様子を描いた」と話した。
本にサインを求めると、李は無地のページに「体も心も破損注意!」と記した。「荷物も人間も、壊れないように大切に扱われるべきだ」との思いを込めて。
(敬称略、文は共同通信編集委員・佐藤大介、写真は共同通信写真記者・佐藤匠=年齢や肩書は2026年1月28日、新聞用に配信した当時のものです)
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