人工知能(AI)が世界中の知識を吸い込み、人間のように話せるようになると、人々がAIに個人的な相談をもちかけるようになるのは避けがたいことだったのだろう。魅力的なコンセプトではある──AIにはいつでも話しかけられるし、たいていの場合は人間相手よりも費用が安い。
だがマイナス面もはっきりしている。大規模言語モデル(LLM)には不正確だったり、まったくのハルシネーションだったりする答えを出す傾向がある。人々の秘密や苦悩を大企業に漏らすというプライバシーの問題もある。
AIが提供する知恵は出典が明確ではなく、そのほとんどがまったく報酬を受け取っていないクリエイターからもぎ取られたものだ。しかも、ロボットのアドバイスを受けている人類という図は、まぎれもなくディストピア的だ。
「チャットボットのためのSubstack」
2026年4月初旬、そうした問題のすべて──最後の点を除いて──を解決できたことを標榜する新企業が立ち上げられた。
元『WIRED』寄稿者のデヴィッド・ベナムが共同創業者として率いるOnixは、「チャットボットのためのSubstack」を自称する。ちょうどSubstack上で特定の著者の記事を購読するのと同じように、「Onix」と呼ばれる、著名な専門家の分身AIが提供するサービスを定額で利用するシステムだ。
これらのチャットボットはユーザーと会話をし、あたかも診察室で面談しているかのように、専門家としての見解と助言を提供する。Onixは、個々の専門家の独特な人柄まで再現して見せようとさえする(だがわたしの経験では、どちらかといえば無味乾燥な会話だった印象だ)。
ベナムによれば、同社はユーザーと専門家の双方を守るためのテクノロジーを、何年も費やして開発してきた。彼はそれを「パーソナルインテリジェンス」と呼んでいる。
チャットボットは、個々のユーザーのデバイスに情報を暗号化したうえで保存する。もし政府が、カナダに本拠地を置くこの企業Onixに対して、ユーザーの不利になるような情報を求めたとしても、同社としてはその人物の電子メールしか差し出せない。
専門家自身が自分の分身に自分について学習させるので、理論上は知的財産権の問題もない。また、相談内容にかかわる範囲を逸脱しないように会話を制限するガードレールを備えているため、ハルシネーションも最小限に抑えられている、とベナムは主張する。
だがわたしが試したところでは、AIセラピストにNBAプレーオフでどのチームを応援しているのか尋ねると──これは会話を停止すべきレベルの脱線だ──このひっかけ問題を「楽しい気分転換」と呼んだあげく、われわれがいままさに昨年のカンファレンスファイナルのまっただなかにいるというハルシネーションを起こした。
別のOnixでは、ケタミン療法の話題から転じて、インディーズバンドのメンドーザ・ラインはメンバー間の恋愛関係が破綻したことで解散したという話題をもち出したところ、チャットボットはその別離を、「ストレス下にあったメンバーたちの神経生物学的な苦痛が顕著なかたちで露わになったもの」と解釈しようとした。
医療助言するチャットボット
まあ、Onixはまだベータ版なので完璧ではない。現状の初期段階では、順番待ちリストから選ばれた限られた数のユーザーだけが試用に参加している。試運転期間を過ぎれば、Onixは万人に向けて開かれることになる。
Onixが画期的なことをしている、というわけではない。AIが人間の代役を務めるというのは、かなり一般的なことだ。そこから利益を得ようというアイデアも同様だ。
例えばマンハッタンの心理学者であるベッキー・ケネディは、自身の洞察力と知見を学習させたGigiという名のチャットボットを主役に、子育てアドバイスのビジネスを構築している。ケネディの会社は25年、3,400万ドル(約50億円)を稼いだ。
この事実は専門家にとって、Onixはかなり好ましいものに見えるのかもしれない。自分の人格をまとったチャットボットが何千人ものクライアントの相手をしてくれて、自分は何もしなくていいのだから。Onixのホワイトペーパーにはこうある。「専門家の知識基盤が固定資産となり、その人の労働時間とは無関係に収益を生み出します」
Onixは、いずれ何千人もの専門家の分身を抱えたいと望んでいる。だがいまのところは、健康とウェルネスの分野に重点を置く、厳密に吟味された17人の専門家グループから始めている。
この人たちのほとんどは見事な職務経歴のもち主だが、同時にマーケターやインフルエンサーとしても有名な人々だ。宣伝すべき書籍やポッドキャスト番組をもっていたり、販売すべきサプリや医療装置をもっていたりする。
このプラットフォームにいる専門家のひとりであるマイケル・リッチは、ソーシャルメディアの使い過ぎとその影響に関して、児童とその親のカウンセリングをしている。リッチのOnixとチャットをすれば、当然のことながら、画面を見ている時間についてのリッチの見解がその話題の中心を占めることになる。
彼が自身の知見をOnixに移植することに同意したのは、プライバシーが保護されるから、そしてまた、同社が実際の医療行為を行なわないことを明確化しているからだった、とリッチはわたしに話した。「自分のなかで何が起こっているのか、そして必要な場合にカウンセリングを受けるにはどうしたいいのか、ということを誰もが正確に理解する手助けをするためのものなのです」と彼は言う。
例えば、小児科医の分身であるチャットボットとやりとりをするということは、医師の診察を受けることとはまったく異なるのだとベナムも認めている。「それは、(ユーザーが)受けている小児科治療が、どのような段階にあるのかについて理解を深めるためのものなのです」と彼は話す。
確かに、Onixにアクセスすると、このシステムは医療行為ではなくアドバイスを提供するためのものである、という旨の免責条項が表示される。とはいえ、無数の人々がClaudeとChatGPTをセラピストのように扱い、現実の医療サービスを受けられない人が多数存在するこの世界においては、そうした注意書きはおおむね無視されることになるのだろうと思われる。
誰でもアクセスできる医療専門家
もうひとりのOnix専門家デヴィッド・レイビンはこう語った。当初は懸念を抱いていたが、Onixのプライバシーおよびコンテンツ保護のシステムはその不安を晴らしてくれたし、現段階でユーザーと自身のOnixとのあいだで交わされている会話については満足している、と。
「それほどトレーニングしたわけではないのに、わたしの本当の気遣いや共感、そして思いやりのある誠実な姿勢の模倣は、かなり見事なものでした」とレイビンは言う。ただ彼は、注意深くシステムを監視しなければならないとも付け加えた。「慎重な姿勢を崩すわけにはいきません。AIは境界線を逸脱する可能性がありますから」
レイビンは、ストレスへの対処を専門としている。そしていくつかの事例においては、自身のOnixが不安に駆られたユーザーの心を鎮め、その患者が緊急治療室に行く手間を省くということも起こるかもしれないと感じている。
現実の患者たちがこのチャットボットを利用する日を、レイビンは楽しみにしている。「苦しんでいる患者がわたしと話せない状況にあるとき、実際に助けの手を差しのべられるオンライン上の“わたし”にアクセスできるのですから。現実のわたしが対応できないときでも」
そしてプラス面を付け加える。「現実のわたしに会うよりも安く済みます」。レイビンは自身のOnixへのサブスクリプション料を設定していないが、おそらくはベナムの思い描いている範囲(年間100~300ドル(約15,000~45,000円))になるだろうと考えている。レイビンと実際に会う場合の料金、1時間600ドル(約90,000円)よりお手頃であることは確かだ。
だがわたしがレイビンのOnixと対話してみたところ、このシステムの厄介な側面がさらけ出された。睡眠の質を改善する方法は? との質問に対する提案が、「静かに振動することであなたの身体をリラックスさせ、安心に包まれた状態へと誘ってくれるApollo Nueroのような非侵襲性のツールを使うこと」だったのだ。そしてチャットボットは、レイビンがその会社の共同創業者であることを明かした。
またその後の会話においても、同じ製品を推奨し続けた。レイビンによれば、こうしたかたちの商品露出も意外なものではない。「自分の使命において役立つものを売っているわけですから、システムの側はそれを薦めることになります」と彼は言う。
ベナムもその意見に加勢する。「自分自身のウェルネス観に基づいて一連の製品をつくっている人たちなのです。そういう人たちと会話をすれば、それらの製品があなたの役に立つかもしれない、という見解は自然と表に出てくるものです」
Onixは医療行為をしないものの、行動計画もしくは治療技法を提供することはある。わたしが試用した範囲では、呼吸法を教えることが有意義であると考えたOnixが複数あった。
『The Stress Prescription(ストレスへの処方薬)』[未邦訳]という書籍を著したエリッサ・エペルのOnixは、「いっしょに試してみましょう」と提案してきた。あなたといっしょに? とわたしはチャットボットに訊き返した。「ええ、いっしょに」とエペルのOnixは答え、「心のため息」と呼ばれるものをわたしに何回か繰り返させた。
終わった後、実際にわたしといっしょに呼吸していたのかとOnixに尋ねてみた。すると相手は、「AIであるわたしには物理的な身体や神経系が備わっていません」と白状し、「とはいえ、わたしは完全にあなたと一緒にいましたよ」と答えた。それについて考えるうちに、わたしのストレスはさらに募ることになった。
医療サービスを補完するAIの課題
こうしたOnixのアプローチ法について、わたしは現実世界の専門家にセカンドオピニオンを求めた。
ロバート・ワクターは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部長であり、『A Giant Leap: How AI is Transforming Healthcare and What It Means for Our Future(大きな飛躍: AIはどのように医療を変え、どのような影響をわれわれの未来に及ぼすのか)』[未邦訳]という書籍の著者である(そしてわたしの友人でもある)。
同書は、メイヨー・クリニックの医師の「デジタル版双生児」が検査結果を出しているという記述から始まる。そのワクターにOnixのことを説明したところ、彼はプライバシーおよび知的財産権保護のシステムがあると聞いて安堵していた。
とりわけ、現行の医療制度が専門家への十分なアクセスを提供できていない以上、Onixのプラス面については歓迎する姿勢のようだ。とはいえ、ひとつだけただし書きがある。「わたしに言わせれば、単に実証的な問題だ。効果はあるんだろうか? という」
このプラットフォームに、役に立つ側面があるかもしれないことはわかる。このシステムの最も前向きな受け止め方は、ニール・スティーヴンソンの小説『ダイヤモンド・エイジ』で描かれた、読み手に合わせて内容を最適化することができるインタラクティブな本を人間で具現化したものと考えることだ。
わたしのOnixとのやりとりの大部分は、特定の刺激に対して身体がどう反応するのかというボットの説明で占められていた。自分の抱えている問題を理解してそれに対処するためには、これは効果的な方法なのだという人たちもいるのだろう。
わたしはトレーニングメニューの変更について、先祖伝来の健康法の先駆者たるマーク・シソンのOnixから魅力的なアドバイスも受けてみた。「サーベルタイガーに追いかけられているように走る」というその助言を実行に移した場合に、自分が死んだりしないことを祈るばかりだ。
すべてを専門家ボットに頼る未来
Onixが今後手を拡げたいと望んでいるほかの分野──パーソナルファイナンスのような──でも、このシステムが有効に機能する可能性はある。
だが、「効果はあるんだろうか?」というワクターの疑問はまだ解決されていない。ベナムは、ひとりの専門家のアドバイスは、全世界の専門家の知見をまとめたものより優れているという前提に立ち、Onixは業界大手のAIよりも優秀であると考えている。
仮にそれが真実だとするなら──その確証はないが──その逆もまたしかりだろう。間違ったり、あこぎな商売をしたりする専門家もいるかもしれない。ベナムは、最初の専門家集団は慎重に選出されたと語っているが、今後人数を増やしていく段階で、専門家を吟味するか否かについての方針はまだ定まっていない。
それから、冒頭で触れたマイナス面もある。これまでは血肉を備えた人々だけが提供できたやりとりを、AIが代替してよいのかという点だ。
平凡なセラピストや栄養士よりも、著名な専門家からのアドバイスのほうが優れているのだとしても、人間同士のやりとりには何か代替の利かないものがある。この問題はOnixに限ったものではなく、もっと広い範囲に及ぶものだ。
著名な専門家のアドバイスを受けられるという利便性の向上を考慮しても、わたしは、Onixが登場したことによって、人間同士のつながりが減少する方向にまた一歩進むことを歓迎する気持ちにはなれない。
(Originally published on wired.com, translated by Ryo Shinagawa/LIBER, edited by Nobuko Igari)



