6月にSpaceXが人気のAIコーディングスタートアップCursorを600億ドル(約9.6兆円)で買収することで合意したと発表したとき、投資家たちはこの取引が両社に利益をもたらすと考えた。Cursorは大手AI研究所の計算資源を得て、自社モデルの訓練に活用できるようになる。一方、SpaceXとイーロン・マスクは、市場で非常に人気のあるAI開発者向けツールを手にできるのだ。
ただし、取引後もCursorが開かれたプラットフォームであり続けられるのか、また競合するAI研究所がCursorによる自社モデルの提供を引き続き認めるのかという点は、まだはっきりしていない。外部のAIモデルは、これまでCursorの事業において重要な役割を担ってきた。同社は近年、独自のAIモデルの訓練を進めているが、コーディング支援機能で使うモデルとして、Anthropic、OpenAI、その他のAI研究所が提供する幅広い選択肢からユーザーが選べるようにしてきたのである。
この戦略によってCursorは、その時点で最も性能に優れたモデル、あるいは最も低価格なモデルを顧客に提供できた。また、この戦略はAnthropicとOpenAIにも利益をもたらした。両社はCursorを主要顧客のひとつに位置づけており、マーケティング資料でも同社を前面に打ち出しているのだ。
Cursorに近い関係者によると、今年後半にSpaceXによる買収が完了したあとも、Cursorは自社のAIコーディング製品をプラットフォームとして運営し続けることを目指している。そして自社モデルに加え、Anthropic、OpenAI、その他のAI研究所のモデルも提供し続けたい考えだ。
わたしは、この構想が実際に実現するのかには懐疑的だ。しかし、Cursorが特定のモデルに依存しない立場を保てるかどうかは、AI業界でいま注目されている重要な問題のひとつである。
Cursorと競合する小規模なAIコーディングスタートアップFactoryの共同創業者兼最高技術責任者であるイーノ・レイエスは、Cursorが競合するAI研究所の傘下に入るという理由だけで、SpaceXの競合企業がただちにCursorへの自社モデルの提供を打ち切るとは限らないとみている。「そこまで単純に割り切れることなのかはわかりません」とレイエスは話す。「実際のところ、わたしたちにも先行きは非常に不透明です」
Cursorに問い合わせたが、同社は回答を差し控えた。Anthropic、OpenAI、SpaceXにも取材を申し込んだが、回答は得られなかった。
OpenAIとAnthropicとの複雑な関係
Cursorはこれまでも、OpenAIやAnthropicとの関係を巡り難しい局面に立たされてきた。これまでCursorは、自社のコーディングプラットフォームを通じて両社のモデルを提供することで、両社の収益に貢献してきた。しかし現在、OpenAIのCodexとAnthropicのClaude Codeがそれぞれの事業における主要な柱となるなかで、Cursorは両社と競合するようになっている。SpaceXによる買収は、この競争をさらに激しくする可能性が高い。
SpaceXとCursorは現状、買収後の運営体制について詳しく語ることはできない。その理由は、取引がまだ完了しておらず、SpaceXが米証券取引委員会(SEC)に提出した書類によると、「必要な規制当局の承認(requisite regulatory approvals,)」を得なければならないからだ。とはいえ、SpaceXはCursorの資産や顧客契約、知的財産を取得する見通しである。そうなればOpenAIとAnthropicは、Cursorのユーザーに自社のサービスを届けるためには、マスクと取引しなければならなくなる。
買収が完了すれば、SpaceXは最先端AIの開発分野における最大級の競合相手であるAnthropicとOpenAIの収益につながる取引を続けたくないと判断するかもしれない。AnthropicとOpenAIもまた、両社の最高経営責任者(CEO)であるダリオ・アモデイとサム・アルトマンが過去に対立してきたマスクが所有する製品を通じて、自社のAIモデルを販売することを望まない可能性がある。
これまでAI研究所は、互いにAIモデルを販売することについて協調的ではなかった。昨年、OpenAIがAIコーディングスタートアップWindsurfを買収するとの報道が出ると、AnthropicはすぐにWindsurfへのモデル提供を打ち切ったのである(ただし、この買収は最終的に実現しなかった)。Anthropicの共同創業者ジャレッド・カプランは当時、「ClaudeをOpenAIに販売するのは妙な話です」と語っていた。そしてその後、AnthropicはOpenAIとSpaceXによるClaude AIモデルの利用を制限した。
とはいえ、状況は変わりつつあるのかもしれない。Anthropicは最近、SpaceXから計算資源を購入する数十億ドル規模の契約を結んだ。この契約は、共通の敵であるOpenAIに対抗するためなら、アモデイとマスクが対立を脇に置くこともあり得ることを示している。この計算資源を巡る提携は、AnthropicがCursorで自社のAIモデルを提供し続ける十分な理由になるかもしれない。
OpenAIには、Cursorとの取引を続ける別の理由があるかもしれない。CursorはOpenAIにとって重要な提携先であり、同社の幹部は過去に買収を視野に入れた協議をしていた。また、OpenAI Startup FundはCursorの最初期から出資してきた投資家のひとつで、同社のシードラウンドとシリーズAの資金調達に参加している。Cursorに近い関係者によると、OpenAI Startup FundはSpaceXによる買収に伴い、SpaceXの株というかたちでCursorへの投資から大きな利益を得る見通しである。
OpenAIは自社のウェブサイトで、OpenAIそのものはOpenAI Startup Fundに直接出資していないと説明している。このファンドはもともとアルトマンが設立し、運営していたものだ。OpenAI Startup Fundは、マイクロソフトなどの外部の出資者に加え、OpenAIのほかの提携先からも出資を受けている。
独立性はどこまで重要か
今週、CNBCに出演したパランティアの最高経営責任者アレックス・カープの発言が話題を集めた。企業は最先端AI研究所に囲い込まれることにうんざりし、より多くの選択肢を求めていると語ったのである。この発言は、わたしがAI業界で耳にしてきた、より大きな懸念を指摘するものだった。
Factoryの最高技術責任者(CTO)であるレイエスは、特定のAI研究所の技術に縛られない「モデルの独立性」を、日ごろ接しているフォーチュン500企業は重視していると語る。技術の選択に柔軟性をもてるからだ。レイエスは、こうした独立性が、自社のような独立系AIコーディングスタートアップにとって、大手AI研究所に対する重要な優位性のひとつだと考えている。Cursorも以前から、独立性を強みとして打ち出してきた。
ただし、AI研究所と直接連携し、単なるプラットフォーム以上の役割を担うことには大きな利点もある。CursorのCEOであるマイケル・トゥルーエルは先月、同社のカンファレンス「Compile」で、CursorがすでにSpaceXと協力して次世代のAIモデルを訓練していることを発表した。このモデルの訓練には、同社がこれまで利用できた量の10倍から20倍の計算資源を投入する予定である。
Cursorはこれにより、OpenAIやAnthropicのモデルに匹敵する、あるいはそれを上回る新モデルができることを期待している。Cursorは4月のブログ投稿で、計算資源の不足が足かせになっていたとし、SpaceXのデータセンターを利用すればモデルを大幅に改善できると説明していた。
「Compile」でトゥルーエルは、新しいAIモデルを「コーディング以外の領域でも高度な能力を発揮できる」よう訓練しているとも語っていた。Cursorはこの1年、ソフトウェアエンジニア以外の潜在的な顧客層にも狙いを定め、グラフィックデザイナーなどの職種に向けた機能を展開している。買収が完了したあと、Cursorが実質的にSpaceXの企業向けAI部門となったとしても不思議ではない。
もうひとつ考慮すべき点がある。小規模なAIコーディングスタートアップは現在、OpenAIとAnthropicが開発者向けに提供しているAIコーディングのサブスクリプションとの価格競争に苦戦している。両社は利用コストの多くを自社で負担するかたちでサービスを提供しているためだ。『WIRED』は以前、OpenAIとAnthropicが提供する月額200ドルの料金プランでは、コーディング用途であれば、本来なら1,000ドルを超えるモデル利用量に相当するサービスを利用できると報じた。CursorもSpaceXの傘下に入ったことで、同じように思い切った価格設定を打ち出せるようになるかもしれない。
数カ月前、SpaceXによる買収のニュースが報じられる直前にCursorのオフィスを訪れたとき、わたしはこのスタートアップの最大の問題は、高い目標を実現するための資金と計算資源が足りないことだと考えた。そしてOpenAIやAnthropicとの関係を失うことになっても、CursorにとってはSpaceXの傘下に入るほうが望ましいだろうと考えている。もしCursorが両社との協調関係を保ちながらも競争できるなら、この買収はAI業界で最も成功した買収のひとつとして語られるようになるかもしれない。
(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)
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