• 特集
  • 動画
  • トピックス
プレミアムを無料で体験
INDEX
エアリング・ハーランドの寄贈本

エアリング・ハーランドの寄贈本

全体に公開
『西洋中世文化事典』を楽しむ!!のサムネイル画像
小澤 実
『西洋中世文化事典』を楽しむ!!小澤 実

バイキング・ロウとノルウェー代表

2026年7月6日のW杯準々決勝で、ノルウェーがブラジルに、イングランドがメキシコに勝利しました。日本時間で12日6時には両国が対峙するため、ネットでは、1066年9月25日に、イングランド北部ヨーク近郊のスタンフォードブリッジで、ノルウェー王ハラルド3世らヴァイキング連合軍とイングランド王ハロルド2世が激突した戦いの再来か、とすら言われています。

 人口550万のノルウェ―がW杯本選への出場権を得たのは28年ぶり。とりわけエースストライカーのエアリング・ブラウト・ハーランド(Erling Braut Håland;ノルウェー語ではホーラン(ド))の活躍とそのパフォーマンスは、普段サッカーを見慣れないものをすら魅了しています。前々回のW杯では、さらに小国のアイスランドの活躍が目立ちましたが、今回は、常連であるデンマークとスウェーデンがすでに敗退しているため、ノルウェーとそのエースの活躍に世界の注目が集まっています。しかし今回のノルウェーチームへの注目は、ただそのプレーのみに依拠しているわけではありません。彼らを取り巻く様々な場面において、彼らの祖先ヴァイキングを思い起こさせる要素を見てとることができるからです。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Erling_Haaland_Morocco_v_Norway_7_June_2026-51.jpg

 第1に、ワールドカップが開始される前に、FIFAに掲載された各国代表の集合写真において、ノルウェー代表は、フィヨルドに浮かぶヴァイキング船を背景に、26名全員が勇猛なヴァイキングの出立ちで並んでいたことです。この写真を撮影したのは、グラスゴー生まれの写真家デイヴィッド・ヤロー。数年前からハーランドと個人的な関係をすでに築いていたヤローによる写真は、W杯史上、類例のないインパクトを私たちに与えました。

 第2に、代表チームのユニホームそれ自体が、ヴァイキングを想起させる要素でデザインされていることです。特に話題となったのは、ヴァイキングが利用していたゲルマン古代文字のルーン文字を模したフォントで選手名と数字が印字されていることです(強調しておきますが、ルーン文字そのものではありません)。さらに、ユニホームのデザインは、1130年頃に建設されたロマネスク様式のウルネス教会の門扉デザインにインスパイアされています。このデザインは、ヴァイキング時代の様式を引き継いだデザインとして、夙に知られたものです。

 第3の、そして最も著名な要素が、勝利のあとに、ヴァイキング船を漕ぐヴァイキングらの如く、選手観客一体となってドラムに合わせて「ロー、ロー(漕げ!漕げ!)」と叫びながら漕船のパフォーマンスをとる「バイキング・ロウ」(Viking Row)が行われることです。このパフォーマンスは、以前の応援ではなかったものですが、サポーターの一人がはじめ、それが今や国民全体を覆うものとなりました。ブラジルに勝利した7月6日には、ハーランド自身がドラムを叩くことで、チームとの一体化は最高潮に達しました。私たちは、伝統が創出される瞬間に出会ったことになります。

 このようにノルウェーは、官民一体となって、自らの祖先でもあるヴァイキングのイメージを、今回のW杯に合わせて投下してきました。私たち日本人も、そしておそらく日本以外の諸外国も、北欧といえば福祉国家かヴァイキングというイメージですが、その固定イメージを逆手にとって、チームブランドどころか国家ブランドを高めているわけです。

ハーランドの寄贈本

ハーランドが今期W杯で注目を浴びる少し前、彼はサッカーとは別のニュースで国民を驚かせました。彼が、自らが育ったノルウェー南西部ロガラン県のティーメ郡の小邑ブリンに、父アルヴィと共に本を寄贈したからです。

 成功したサッカー選手が故郷に恩返しをする、と言うこと自体は珍しくありませんが、アルヴィとエアリング父子が寄贈した本は、たった一冊で130万ノルウェークローナ、現在の日本円にして2000万円を超えていたこと、今から300年以上前の1594年の刊行であること、そしてその記述の多くがヴァイキングに関わっていたことで、マスコミの注目を浴びました。

 ハーランドが故郷に寄贈した書籍の中心部分を占めるのは、中世アイスランドで執筆された中世ノルウェー王の列伝『ヘイムスクリングラ(世界の輪)』です。13世紀アイスランドの政治家でもあったスノッリ・ストゥルルソンによって執筆された本書は、12世紀から14世紀のアイスランドにおいて200以上執筆されたサガと呼ばれる文学類型の一つで、そのうち、支配者の生涯を描く「王のサガ」という類型に分類されます。全16書からなっており、北欧神話の神々を祖先とするユングリング王朝の開設から、1177年までの歴史を扱っています。こちらについては、谷口幸男先生の翻訳で日本語でも読むことができます。

 ネットでは「写本」と言う表現を散見しますが、ハーランドが寄贈したのは手書きの「写本」(manuscripts)ではなく、中世アイスランドの歴史書を近世デンマーク語に翻訳したテキストを活版印刷機で印刷した「初期印刷本」(early printing)です。より正確なタイトルは、『ノルウェー王の年代記:そして今は亡き若き王ハーゲンの治世に至るまでの事績』(Norske Kongers Krønicke : oc bedrifft, indtil unge Kong Haagens tid, som døde)で、『ヘイムスクリングラ』だけではなく、その続編として執筆された『スヴェッレ王のサガ』や『ホーコン・ホーコンソン王のサガ』も含まれています。全体としては、神話上の王から、グリーンランドやアイスランドを含む北大西洋島嶼をノルウェー王国に組み込んだホーコン4世(上記タイトルでは「ハーゲン」と記される)が死去する1263年までのノルウェーの歴史を編み直した歴史書です。以下のサイトで現物を確認することができます。

1594年は、まだノルウェーには印刷可能な施設がなかったので、同じ王(当時はクリスチャン4世)をいただく同君連合のデンマークの首都コペンハーゲンで印刷されています。

著者マティス・ストルソン

本書の著者マティス・ストルソン(Mattis Størssøn, c1500-69)は、中世にノルウェーの首都として機能していたノルウェー中西部の海港都市ベルゲンで治安判事を務めていました。彼が公職につく以前の経歴はよくわかっていませんが、ノルウェー南西部に領地を持っていたために、その周辺の出身である可能性が示唆されています。マティスが公職にあった時期は、宗教改革がノルウェーにも押し寄せてきた歴史の転換期でもありました。彼は、初代ベルゲン主教となったゲブレ・ペダーセンらとともに、ルターの考えに基づく新しい信仰のあり方を決定する会議にも参加していました。

 しかし、彼の名前を後世にまで残すことになったのは、その著書『ノルウェー王の年代記』によってです。上述したように、アイスランドで執筆された複数の「王のサガ」に基づくこの年代記は、1540年頃に執筆されたと考えられます。彼は、『フリース写本』と呼ばれる、『ヘイムスクリングラ』を収めた14世紀の著名写本をはじめ、いくつもの中世写本にアクセスが可能でした。彼は古アイスランド語で書かれたそれらを当時の共通語であったデンマーク語に翻訳し、一冊の本にまとめました。これが半世紀後、ノルウェー初の印刷された歴史書となり、そのうちの一冊を300年後のサッカーのスーパースターが手にすることになるのです。

 マティスが活躍した時代のベルゲンは、他のヨーロッパ諸国と同様に、人文主義が盛んになった時代でもありました。しかし、王都でもあったベルゲンは、他のヨーロッパ都市は言うまでもなく、北欧の中でも独特の地位を築いていました。

初期近代のベルゲン(https://polona.pl/item-view/719a9ac3-49ca-4eaa-9716-19d84d9e1644?page=182)

 一つは、中世以来の王都であったため、知的資源が豊富に残されていたことです。1380年以降、ノルウェーはデンマークと連合王国となり、デンマークから知的資源を導入する中で、徐々にデンマーク化が進行していました。行政や学問などの言語もデンマーク化し、高級役人や教会スタッフなどもデンマークから派遣され、言ってみれば植民地化が進行していたとすら言えるかもしれません。しかしベルゲンは、コペンハーゲンから離れていたこともあって、元来の文化言語でもある古ノルド語や古アイスランド語による知的資産も保持していました。

 さらに、ベルゲンは、当時なお力を持っていたハンザ商人による北欧産品の輸出入の拠点でもあり続けていました。近世に入り、オランダ人、スコットランド人、イングランド人らが北欧の交易ネットワークでも力を持つようになりましたが、ブリッゲン地区にハンザ商館を有するベルゲンではドイツ商人の影響がなお残っていました。山がちな国土のノルウェーでは、食料の安定供給が重要課題であったため、外国商人との関係は、住民にとっても死活問題でもありました。もっとも、ベルゲン人たちは、ハンザ商人の影響を必ずしも良いものと見ていてわけではありませんが。

 そしてベルゲンは、北大西洋に開かれた海港でもありました。つまり、中世、とりわけホーコン4世による北大西洋島嶼の併合以来、スコットランド北方の島嶼、アイスランド、さらにはグリーンランドと結ばれていた都市でもありました。北欧本国とグリーンランドとの関係は、15世紀末以来途絶えていましたが、ここベルゲンでは、その関係を復活させようとの議論すら起こっていました。そして1721年には、ここベルゲンの商人らの後押しもあって、ハンス・イーエゼ(エゲデ)がグリーンランドへと再度手を伸ばします。

ハーランドとリーズ

エアリング・ブラウト・ハーランドは、2000年7月21日にイギリス中西部の都市リーズで生まれました。当時、父親のアルヴィが、プレミアリーグのリーズ・ユナイテッドの選手だったからです。その後父親がノルウェーに帰国するにあたってエアリングもノルウェーに戻り、上述したブリンで育ちました。

 私はサッカーに詳しくありませんので歴史の話に戻しますが、1000年前のリーズ(のあった地域)も北欧とは深い関係がありました。9世紀にヴァイキングがイングランドを席巻した結果、9世紀末に、ヴァイキングの首領らと当時のイングランド王アルフレッド(大王として知られる人物です)との間で、両者の棲み分けを定める取り決めが行われたからです。ロンドンからハンバー川より南はイングランドの、それより北はヴァイキングの法慣習が優先する地域であることを確認し、後者は後世に「デーンロー(Danelaw)」、つまりヴァイキングの法慣習地域(以下の地図の赤い部分)と呼ばれることになりました。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:England_878.svg

10世紀にはこの地域の中心地であったヨークには、ヴァイキングの王国すら建設されました。もっとも、圧倒的に多くの住民を旧来のイングランド人が占めるこの地域において、ヴァイキングの社会全体に対する影響がどれくらいあったのかは議論の余地のあるところですが、現在でも、この地域では北欧系の地名が数多く残っており、北海を超えてイングランドと北欧との往来と交流が盛んであったことは確実に言えます。アルヴィ・ハーランドもまた、こうした両地域を結ぶ流れの中に乗っていた、と言うこともできるかもしれません。

 余談ですが、リーズでは毎年7月に、リーズ国際中世学会(International Medieval Congress)が開催されています。リーズ大学は、かつて、『指輪物語』の作者J・R・R・トールキンも教鞭をとったイギリス中西部の名門大学ですが、この大学の中世部門の研究者とリーズ市が協力し、毎年7月第1週に、世界中の中世学者が集まるリーズ国際中世学会を開催するようになりました。当初はさほど大きな規模ではありませんでしたが、現在では、毎年2000人を超える中世研究者が世界中から集まり報告を行う、一大学術イベントにまで成長しました。とりわけ日本で西洋中世研究を行う若手中堅は、自由に応募でき世界中の第一級の研究者に報告を聞いてもらえるイベントとして、ここに参加することを一つの目標としています。私もこの学会で、最初はベテランの先生の組んだセッションでの個別報告、次に海外の友人たちとセッション、その後私自身が複数のセッションを組織し、最終的にはキーノートスピーカとして招聘される栄誉をいただきました。そう言った意味でも思い出深い街です。

現代ノルウェーとヴァイキング研究

 ノルウェー代表の活躍と歩を合わせるように、ノルウェーでは、新時代のヴァイキング研究が進んでいます。それを象徴する二つの出来事を紹介しておきましょう。

 一つは、この8月にノルウェーの首都オスロでヴァイキング会議(Viking Congress)が開催されることです。ヴァイキング会議とは、世界中のヴァイキング研究者が集まって報告を行い、知見を交換し、共に食べて共に旅する、国際会議イベントです。3年から4年に一度の開催ですが、毎年ホスト国が変わり、欧州をぐるぐる回っています。第1回は、スコットランドの北に浮かぶシェトランド諸島のラーウィックで1950年に開催されました。その後、北ヨーロッパ諸国を巡り、今年が第20回となります。

 この会議は、もともと、スコットランドと北欧諸国の間での文化的交流を図るために現地行政によって発案されました。アバディーン大学出身でブリティッシュ・カウンシルに勤務していたロバート・ブルースが、戦後間もない1946年に発案しました。第1回はすでに述べたようにラーウィック、53年の第2回はベルゲン、56年の第3回はレイキャヴィーク、会議そのものに参加できるのは、理事会で認められた国(ブリテンと北欧4カ国)のごく少数の研究者のみでした。会議開催後数年以内に刊行される報告集は、ヴァイキング研究にとっては不可欠の論文集でしたが、いくらヴァイキングを研究していても、フランスやドイツ、南そして言うまでもなくアメリカやアジアの研究者はエントリできなかったのです。しかし2017年の第18回デンマーク大会から、外の研究者にも開かれた会議になり、今に至ります。

 もう一つは、ヴァイキング時代博物館(Museum of the Viking Age)の開設です。かつて、オスロを訪れる人であれば、必ず立ち寄っていたのが、海に隣接するビュグドイ地区に建つヴァイキング船博物館でした。19世紀末から20世紀初頭にかけてオスロ周辺で発見された、トゥーネ船、オーセベルク船、ゴクスタ船という3つのヴァイキング船が展示されていた博物館です。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Osebergskipet_2016.jpg

ノーベル平和賞の授賞式が行われる市庁舎やヴィーゲランによる彫像が並ぶフログネル公園と並び、オスロを代表する名所でした。しかしこの度、「ヴァイキング船」から「ヴァイキング世界」へと館名を変更し、発掘された船舶のみならず、武器や生活用具、ルーン碑文などヴァイキングに関わる様々な側面を展示する総合博物館へと、2027年11月に装いを新たにします。

 ノルウェーのみならず北欧諸国はいずれも、ヴァイキングをその目玉とする展示を行っています。実際に訪れてみればわかりますが、ストックホルムの歴史博物館、コペンハーゲンの国立博物館、オーフス近郊のモースゴー博物館、レイキャヴィークの国立博物館といった各国を代表する展示施設が最も力を入れているのは、ヴァイキング時代のコーナーです。いずれの博物館も、近年、新しい研究成果を取り入れてヴァイキングコーナーをリニューアルしました。それほどまでに、北欧諸国にとって、ヴァイキングと言う存在は、自国のアイデンティティと関わるのです。今回のオスロのヴァイキング世界博物館の開設は、その大きな流れの最後を飾ることになるのかもしれません。

 もちろん、ナショナリズム、ナチズム、さらには今なおネオナチにも利用されるヴァイキングやヴァイキング時代の固定的イメージには大きな懸念もあります。そうした負の側面も含めて、私たちは、昨今の北欧におけるヴァイキング表象に注目する必要があるでしょう。

ヴァイキングの写本寄進

  ハーランド父子が故郷に本を寄贈したように、中世人も教会や修道院に本の寄贈をしていました。ハーランド父子が寄贈した本も大変高価なものですが、多数の子牛や羊の皮を用いて製作される中世の写本も我々の想像を超える貴重品でもありました。キリスト教社会において善行は天国へのチケット確保にもつながりますので、多くの君主が土地や貴重品の寄贈を行いました。 実は、破壊者であるヴァイキングの中にも、本を施設に寄贈したものもいました。ここではイングランド、デンマーク、ノルウェーの支配者となったクヌートを事例として取り上げましょう。

 デンマーク・ヴァイキングとして生まれたクヌートは、1016年にイングランド王として戴冠したのち、1018年に兄ハーラルの跡を継いでデンマーク王に、1028年にはノルウェー王オーラヴ・ハーラルソンを追放してノルウェー王位を獲得します。ここに一人の君主が北海全域を単一の王として統治する海上支配体制が確立しますが、そのクヌートが推進したのが、支配領域におけるキリスト教支配の貫徹でした。当時はまだ、北欧においては、キリスト教と従来のゲルマン信仰が併存していたというのが現実でしたが、クヌートは、キリスト教の先進地イングランドから聖職者や修道士を派遣し、司教座などのキリスト教施設を整備することで、北欧におけるキリスト教化の基礎を用意しました。それと同時に、クヌートは、イングランドで臣民の支持を獲得し、ローマ・カトリックを基盤とする西欧国際社会の中で地位を得るために、積極的にキリスト教徒としての自分を演出しました。

 クヌートは、キリスト教会との関係を密にするために、各地の教会や修道院に、写本や聖遺物などを寄進しました。今と違って、当時の写本はいずれも一点ものであり、一般人にはとても購入できるものではありません。ハーランドが寄贈した書籍が2000万円強と言う話ですが、中世の写本も負けず劣らず高価でした。ヴァイキングにとって、とりわけ表紙カバーに装飾が施された写本は、貨幣や貴金属と同等の価値を持っていました。つまり略奪の対象だったわけです。数世紀にわたるヴァイキングの略奪は、こうした写本が多数失われた時代でもありましたが、他方で商人としてのヴァイキングの活躍は、アメリカ大陸から中央アジアまでを一つの経済圏として接続し、銀の環流を通じてヨーロッパ経済を活性化させました。それは、王侯貴族を富ませ、教会や修道院に寄進する写本生産を活性化させることにも繋がりました。逆説的ではありますが、ヴァイキングが襲撃した時代は、経済的に豊かな時代にもなったのです。

 私たちは、実際にクヌートが寄進したり作成を命じたと考えられる写本をいくつも知っています。最も著名なのは、現在大英図書館に収蔵されている、通称『クヌート福音書』(Cnut Gospels;BL Royal 1 D. IX)と呼ばれる写本です。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Opening_of_St_John%27s_Gospel_-_Cnut_Gospels_(c.1020),_f.111_-_BL_Royal_MS_1_D_IX.jpg

また、ヨーク大聖堂に保管されている『ヨーク福音書(The York Gospel)』も、クヌートによる寄贈の可能性が高い、と考えられています。

『ヨーク福音書』(2022年7月に筆者撮影)

大英図書館に保管される『生命の書(Liber vitae)』(Stowe Ms 944, folio 6)には、敬虔な姿で描かれたクヌートとその妻エマを見てとることができます。

出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Canute_and_%C3%86lfgifu.jpg

 ハーランド父子の故郷への本の寄贈から1000年以上前の出来事ではありますが、彼らの祖先でもあるヴァイキングの王クヌートもまた、手中にした富(もちろんその一部は略奪や戦争によって、ですが)を文化資産でもある写本へと変換して宗教施設に寄進したことを思い出しても良いかもしれません。

参考文献

小澤実「2023年リーズ国際中世学会に参加して」『史苑』84-1(2024):1-29頁(リンク

小澤実「収奪の場としてのイングランド:北ヨーロッパ経済、デーンゲルド、クヌートの統治政策 」高山博・亀長洋子編『中世ヨーロッパの政治的結合体:統治の諸相と比較』(東京大学出版会、2022):73-95頁

小澤実「キリスト教王となるヴァイキング クヌートの教会政策」『ヨーロピアン・グローバリゼーションと諸文化圏の変容 研究プロジェクト報告書・III』(東北大学オープンリサーチセンター、2010):69-85頁(リンク

熊野聰(小澤実解説)『ヴァイキングの歴史』(創元社、2017)

高橋美野梨編『〈増補新版〉 グリーンランド:人文社会科学から照らす極北の島』(藤原書店、2026)

スノッリ・ストゥルルソン(谷口幸男訳)『ヘイムスクリングラ:北欧王朝史』(4巻、プレスポート・北欧文化通信社、2008-10)

ブルンナー、ベルント(奥山裕介訳)『北方のディスクール』(人文書院、2026)

松田隆美編著・駒田亜紀子・徳永聡子・池田真弓著『西洋中世写本を愉しむために:写本・初期印刷本の歴史と鑑賞』(白水社、2026)

Griffiths, David, "Decolonising the Viking story in the North Atlantic" Viking Special Volume 3: Telling different stories: Combining perspectives on the Viking Age (2025): 27-42(リンク

ヘッド写真の出典:commons.wikimedia.org/wiki/File:France_v_Norway_26_June_26-100.jpg




いいねして著者を応援してみませんか
※本記事はNewsPicksによって制作されたものではなく、内容の一切の責任はトピックスの発信者であるオーナーが負っています。内容に誤りや不適切な表現がある場合は、報告フォームからご報告ください。

Youtube de ヴァイキングと北欧神話を語る!
【告知】幸村誠✖️小澤実トークイベント@オチャノバ(7月18日)

コメント


この記事に対するご意見や感想を投稿してみませんか。
アプリをダウンロード

このトピックスについて



このトピックスのおすすめ投稿


一年を振り返って
全体に公開
8
Picks

3刷出来!、「西洋中世史料の世界」、そして「西洋中世学会書店」パンフレット
全体に公開
8
Picks

西洋中世学会書店:⑥アーサー王と騎士の世界 - 騎士に想いを馳せるということ
全体に公開
9
Picks

トピックストップへ

NewsPicks について

SNSアカウント


関連サービス


法人・団体向けサービス


その他


© Uzabase, Inc

マイニュースに代わり
フォローを今後利用しますか