「福島の11歳少女、100ミリシーベルト被曝」報道は正しかったか

「がん発症」とも書かれて…

ショッキングな言葉の数々

「11歳少女、100ミリシーベルト被ばく 福島事故直後 放医研で報告」
「本誌請求で公開」「政府は『確認せず』」
「チェルノブイリ事故では一〇〇ミリシーベルト以上でがん発症」
「国はこれまで『一〇〇ミリシーベルトの子どもは確認していない』と発表し、この報告は伏せられていた」

1月21日の東京新聞朝刊一面トップ記事に、このようなショッキングな言葉が並びました(http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201901/CK2019012102000122.html 編集部注:東京新聞公式サイトに掲載されていた該当記事のURLは、林氏による本記事の公開前後に変更されたため、それに伴ってリンクを更新しました:2019年2月21日)。

〈東京電力福島第一原発事故の直後、福島県双葉町にいた十一歳の少女が、喉にある甲状腺に推計で一〇〇ミリシーベルト程度の被ばくをしたと報告されていたことが、国の研究機関・放射線医学総合研究所(放医研)の文書から分かった。一〇〇ミリシーベルトは国などの資料で放射線の影響でがんの発症が増加し得る目安として使われてきた。しかし、国はこれまで『一〇〇ミリシーベルトの子どもは確認していない』と発表し、この報告は伏せられていた〉(同記事より引用)

この記事は大きな反響を呼びました。ネット上にも転載され、同紙記者はこれを「特ダネ」としてSNSで拡散しています。

しかしよく読んでみると、今回の東京新聞の報道には、大きく3つの問題点があることに気づきます。それは、

○報じられたメモの内容をもって「この少女が100ミリシーベルトの被曝をした」とは言い切れないこと

○仮に100ミリシーベルトの被曝をしていたとしても、がんの発症に直結するとは言い難いことが正しく伝えられていないこと

○被害当事者の人権や二次被害助長への配慮が不足していること

です。

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「国は被曝を隠していた」のか?

そもそも、今回のような「重大な情報」がこれまで公表されてこなかったのは、なぜなのでしょうか。

東京新聞の報道を読むと、まるで「本来、原発事故によって子どもが重大な被曝をしていたにもかかわらず、国が不都合な真実を隠蔽していた」かのような印象を受ける方も多いかと思います。実際に、記事はそのような怒りの声とともに多く拡散されていました。

ただ、そうした「怒り」で思考を止めてしまうのではなく、記事で報じられた情報がどこまで妥当なのか、もう少し詳しく読み解く必要があるのではないでしょうか。

今回報道された数値について、記事の中では、

〈文書は、事故から二カ月後、二〇一一年五月二日の放医研の『朝の対策本部会議メモ』。本紙の情報開示請求で公開された。それによると、会議では、十一歳の少女の実測値が『頸部(けいぶ)5-7万cpm(GMで測定)』と示され、「取り込みが3日前として、甲状腺等価線量で100mSv程度」と報告があった〉

〈検査機器として『GMサーベイメータ』が使われた。甲状腺の放射性ヨウ素の測定は通常、体内からの放射線を調べやすいNaIサーベイメータ』を使うが、技師がいた検査会場にはなく、GMで代用したとみられる〉

と書かれています。

まずGMサーベイメータは、空間線量や物体表面の放射線量を検出するための機器であり、人体の内部被曝を正確に測定するための機器ではありません。震災直後の当時、検査機器が十分に行き渡らなかったのは確かですが、それによって計測された「頸部(けいぶ)5-7万cpm(GMで測定)」という数値も、内部被曝のみを正確に表した数値ではありません。

当時、徳島大で講師を務めていた放射線計測が専門の佐瀬卓也氏は、この測定値を参考にしてベクレル(Bq)の値を推計し、放医研の職員に報告しました。しかし、あくまでも推計なので、これも正確な「測定値」ではありませんでした。

こうした推計値を報告した理由について、佐瀬氏は「測定器などの問題で数字は不正確だが、あくまでも最大の危険性と内部被曝測定の重要性を考えた。当時、現場であまり関心が持たれていなかったので、その注意喚起のためだった」と話していることが、1月25日の朝日新聞で報じられています(https://digital.asahi.com/articles/ASM1S5GYBM1SUGTB00G.html?_requesturl=articles%2FASM1S5GYBM1SUGTB00G.html&rm=354)。

誤解を与えかねない

朝日新聞の記事ではさらに、

〈放医研では『100ミリシーベルトは精査したものではない最悪を見こんだ数値で、健康への影響は極めて少ないと判断した』と説明。『確からしさも乏しく、公表するような数値ではない』(広報担当者)との考えだ。佐瀬氏は『デリケートな事象で、対応を慎重にご判断いただきたいと伝えた。想定リスクも小さく、仮に告知や調査をした場合の本人や家族の負担の方が大きいと判断されたのでは』と放医研の判断に一定の理解を示している〉

とも報じられています。この経緯について筆者が放医研に取材したところ、朝日新聞の報道内容、すなわち、

・佐瀬氏から情報共有として測定値(cpm)と推計値(Bq)とを受けた放医研が、
・被曝のおおよその程度を理解するために、正確さに欠くことを承知の上でSvへの換算を試み、
・「(放射性物質の)取り込みが3日前と(仮定)して甲状腺等価線量で100ミリシーベルト程度」と試算した。

という事実関係の確認がとれました。つまり、

・実際に計測されたのは、事故直後に本来の内部被曝用測定器を使わずに得られた数値(cpm)であり、その数値を佐瀬氏がベクレル(Bq)に換算・推計した。
・それを基に放医研が試算した「100mSv程度」という数値は、「不正確だが、あくまでも最大の危険性を考慮し、かつ内部被曝測定の重要性を考えて」試算した参考値であった。 

ということがわかります。

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しかし東京新聞の記事には、こうした「100mSvという数字は、あくまで最悪の事態を想定した概算値である」といった事実に触れる記述は放医研のコメント以外になく、「11歳少女、100ミリシーベルト被ばく」という断定的なタイトルがつけられています。

その一方で、「国や福島県の公表資料には『がんのリスクは一〇〇ミリシーベルト未満で検出困難』『チェルノブイリ事故では一〇〇ミリシーベルト以上でがん発症』と記されている」と書かれています。

このような記述では、あたかも少女が「確実に」100ミリシーベルトの被曝をし、がん発症が確定的であるかのような誤解を、多くの読者に与えてしまうのではないでしょうか。

また、記事とともに掲載された放医研の資料に関しても、「甲状腺等価線量で100mSv程度」と記された部分のみが拡大され、「影響は少ないでしょう」「…いうことがあるので、もう少しきちんと計算してみる必要がある」などと記載された箇所についての説明はありませんでした。

東京新聞の記事に掲載された資料。拡大されていない箇所には「影響は少ないでしょう」「…いうことがあるので、もう少しきちんと計算してみる必要がある」などの記述がみられます。

「100mSv以上でがん発症」?

その後の朝日新聞の報道などとあわせて読むと、東京新聞の「11歳少女、100ミリシーベルト被ばく」という記事タイトルに確証が不足していることがうかがえます。加えて、同記事中の「100mSv以上でガン発症」という断定的な記述もまた、適切ではないと言えます。

実際に、チェルノブイリでの原発事故によって得られた知見では、

・甲状腺被曝線量が150~200mGy以下では小児甲状腺癌の有意な増加は検出できず(150~200mGyは、同じ数値のmSvとほぼ同等)

・大規模なスクリーニングを行なった場合、汚染を受けていない地域でも6~8倍の増加がみられる(=甲状腺検査を大規模に行うことによって、原発事故とは無関係に存在している甲状腺ガンの発見数が増える)

とされています。

ロシア放射線防護科学委員会委員長、ヴィクトル・イワノフ氏の論文からのグラフ。横軸が被ばく量(Gy)、縦軸が被曝が無い状態を1とした相対リスク。イワノフ氏は、「放射性ヨウ素 (I-131) による甲状腺被ばく線量が150~200mGy以下では小児甲状腺癌の有意な増加は検出できなかった」としています(http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g59.html)。

こうした知見は近年のUNSCEAR(国連科学委員会)による報告書や白書からも裏付けがなされています(https://synodos.jp/fukushima_report/21606 や、
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160120-00000003-wordleaf-soci を参照)。

もちろん、放射線は「いくら浴びても安全」というものではありません。それと同時に「少しでも浴びたら危険」というものでもありません。私たちの身の回りにあるさまざまなリスクと同様、その量が重要になってきます。

過度に恐れるのではなく…

それらを踏まえた上での結論は、「仮に100mSv程度の甲状腺への被曝があったとしても、そのリスクを過度に恐れる必要はない」ということです。理由は後述しますが、その事実を、不安を抱いている当事者と周囲に強く明確に伝えていく必要があります。

もっとも、実際の健康への想定リスクが低いからといって、甲状腺への「等価被曝100mSv」という数値が全く無意味なものかというと、必ずしもそうではないことも事実です。

原発事故に伴う甲状腺被曝を防止するために、安定ヨウ素剤の服用が勧められるケースがあります。これを勧める基準が、日本では「甲状腺への等価線量で100mSv以上」が予想されるケースとされています。

もちろん、その基準値は「健康へのリスクが顕著になる数値」よりもずっと低く、余裕を持たせて設定されてはいるものの、これまで「安定ヨウ素剤の服用が勧められるレベルの被曝はゼロであった」とされる東電原発事故において、それが勧められるレベルであった「かもしれない」ケースが存在した、とは言えるでしょう。

しかし、それは当然「100mSv以上でがん発症」と言い切る根拠にはなりませんし、繰り返しになりますが、今回報じられた「100ミリシーベルトの被曝」は「精査したものではない最悪を見こんだ数値で、健康への影響は極めて少ないと判断した」「確からしさも乏しく、公表するような数値ではない」(朝日新聞記事の放医研のコメントより)とされているものです。

原発事故後の福島の住民への健康影響については、UNSCEAR(国連科学委員会)報告などをはじめ、さまざまな科学的検証において「東電福島第一原発事故由来でのガンの増加は考えられない」とされています。そうした科学的な意味での「安全」は確保されていますが、さらに住民の「安心」にも寄り添える形に、原発事故との因果関係にかかわらず、福島県では18歳未満の子供の医療費が無料になっています(https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21035a/kodomoiryouhi.html)。

そのような状況で、東京新聞が、「国はこれまで『一〇〇ミリシーベルトの子どもは確認していない』と発表し、この報告は伏せられていた」「一〇〇ミリシーベルト以上でがん発症」と、あたかも「がん発症に直結する重大な被曝が隠蔽されていた」かのように報じることは、適切であったとは言い難いのではないでしょうか。

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報道の向こうには、人間がいる

ここで絶対に忘れてはならない前提があります。それは、「数字の先には生身の人間がいる」ということです。今回のような議論では特に、被害当事者を護ることも第一に考えなればなりません。東京新聞による報道は、そうした点への配慮にも大きな問題があったのではないかと考えられます。

たとえば、こうした扇情的な報道の結果、不特定多数から「がん発症」と指差される当事者が、自分自身や、大切な家族であった場合を少し想像してみていただきたいのです。それは、福島県民の身に現実に起こってきたことです。

事実、原発事故後には被災者に対する差別やいじめが横行しました。これを受けて最近、復興庁からは「福島の風評の払拭に向けて『誰かを傷つけないために』」とのタイトルの動画も公開されました(https://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg18429.html)。

もちろん、震災後の福島には、温かい善意や支援が多数寄せられたことは言うまでもありません。しかし同時に、一部の心無い人たちからは非科学的な風説や、明らかに一線を超えた誹謗も大量に流布されたこともまた、残念ながら事実です。

本来「弱者の味方」を標ぼうしていたはずの社会運動家や政治家、マスメディアが、それらをむしろ煽ったケースも数え切れません。原発事故という一次的な被害に加えて、二次被害とも言うべき心無い偏見が被災者に追い打ちをかけてきたのです。

一例を挙げると、大阪では2011年に「被災地の子供の葬列デモ」というものが行われました。これは、福島の子供たちを勝手に「死んだことにして」、葬列を模しながら練り歩いたデモです(http://fukushima.factcheck.site/life/1317 。その他、震災後に「奇形」「遺伝」など、差別に直結しやすい誤解が拡散された実例を筆者がまとめた記事。これらもほんの氷山の一角にすぎません:https://synodos.jp/fukkou/17814)。

このような行為は、仮に「善意」「正義感」からの行動であったとしても、「警鐘」すら通り越した「呪い」にほかなりません。それは当然、「被害当事者を護ること」からはかけ離れたものです。

福島の子供たちの中には、実際は心配する必要がないにもかかわらず「福島に生まれた自分は、ガンで早死にしてしまうかもしれない」「子供を産めないかもしれない」といったコンプレックスを背負ってしまうケースも少なくありませんでした。今回の東京新聞の報道は、まさにこれを促す性質を持っていたといえるでしょう。

なぜ「悲惨な報道」ばかりなのか

東電原発事故による被害は確かに甚大なものでした。多数の死者も出しています。しかしそれは、被曝そのものが原因ではない「震災関連死」です。

多くの被災者の心身の健康や生活に直接の悪影響を与えてきたのは放射線そのものよりも、事故がもたらした生活環境の大きな変化や強いストレス、およびそれを助長したいわゆる「放射能デマ」と偏見・差別の問題でした。しかしこうした事実は、これまで大きく報じられてはきませんでした。

原発事故による強いストレスの影響は、チェルノブイリでも大きな問題となりました(https://www.env.go.jp/chemi/rhm/kisoshiryo/attach/201510mat1-01-124.pdf)。また原発事故直後に、かつて公害病に苦しめられた水俣市から寄せられた「水俣市からの緊急メッセージ」において、最も懸念されていたのも、風評被害や偏見・差別でした(https://www.youtube.com/watch?v=22x39oVJqd8&feature=youtu.be)。

しかし、こうした教訓やメッセージは大きく報道されることもなく、根拠に乏しい「被曝による悲惨な犠牲」ばかりがセンセーショナルに取り上げられる状況が続いてきたのです。

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マスメディアの報道内容は大きな社会的影響力を持っています。たとえば、自殺報道がさらなる自殺を増やしてしまう「ウェルテル効果」などはよく知られています。

ところが、今回の件に限らず、原発事故に関する報道においてはなぜか、二次被害に対する配慮があまりにも軽んじられてきました。しかもそのことは、いまだにほとんど問題視すらされていません。

2011年6月に東京新聞が「子に体調異変じわり」として掲載した記事。「放射線と関係不明」としながらも、まるで被曝によって健康被害が出ているかのようなほのめかしがありました。

少子高齢化が進む地方の町村部において、子供の年齢といった個人情報を出して詳細に報じることは、個人の特定につながるリスクが大きい点も無視することは出来ません。繰り返しますが、報道の先には「生身の人間」がいるのです。

そのようなデリケートな問題であるにもかかわらず、センセーショナリズムばかりに走って「特ダネ」と喜んで拡散させているばかりでは、原発事故後に続いてきた二次被害は、いつまでも無くならないのではないでしょうか。

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