働き方改革とは何か?
東京駅に貼られたIT企業サイボウズのポスターがツイッターの投稿から話題になっています。
「ノー残業、楽勝! 予算達成しなくていいならね」「労働時間削減、結局現場にムチャぶりですか?」というコピーが、「労働時間削減」を無茶ぶりされたサラリーマンたちの共感をよんでいるのです。
いったい、今、「働き方改革」の現場に何が起きているのか?
16年9月に始まり17年3月に終った働き方改革実現会議(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/hatarakikata/)にて「日本初の残業上限」が決まりました。それも法的強制力がある罰則つき上限です。法改正の後、施行は2年後の予定ですが、今、経営者たちは慌てています。
前年、電通新入社員の過労自死事件で社長が引責辞任したことを機に、日本中の会社が、今まで遵法意識が低かった労務問題について「罰則をくらったら大変だから、とにかく残業はダメ!」という状態になっています。
しかし、残念ながら、「残業ダメ」とただ押し付けるだけでは「間違った働き方改革」に終わってしまいます。下手をしたらサービス残業ばかりが増えて、社員から不満が出ます。労務問題の訴訟なども起きるかもしれません。
かといって、じゃあ、意識改革セミナーをするのか? 「在宅勤務制度作りました。ハイ!」で終るのか? いったい働き方改革って……。
ズバリいうと、働き方改革とは、まず「経営改革」なんです。
「個人の業務効率をギリギリまでしぼってあげよう」でも「ただの残業削減」でもなく、経営者が「人が多く、量で競う時代」のビジネスモデルを根底から改革しなければいけないという経営改革なのです。経営者の覚悟が問われます。ヤマト運輸がつきあたった問題がまさにいい例です。
実際に「残業やめろ」で減る分はあるでしょう。「会議効率化」「終わり時間を意識した業務設計」「過剰品質の見直し」をやるだけでもかなり違います。いままで着目してこなかった「時間資源」を意識することです。滅私奉公の意識では、もう勝てません。
じゃあ、残業がなくなったら、めでたしめでたしなのか? 残念ながら、それだけでは部下から不満がでます。「残業代がなくなる。生産性高く短時間で成果をあげているのに、なぜお給料が安くなるの?」と。そんな改革は長続きしません。
そう、「業務効率をあげる働き方改革」を実現するには、評価と報酬の設計にまで手を入れなければいけません。そこは結局、トップの決断です。
生産性は量から質の時代へ
さらに業務効率改善と「生産性アップ」は違いますよね?「生産性アップ」は稼げる商品やサービスを創出しないと実現しません。質のいいイノベーションが起きなければいけません。それが起きるのは、どういう現場なのか?
それは「心理的な安心感の高い場所」であることがGoogleの論文で指摘されています。Googleはすでに柔軟な働き方のできる職場ですが、それでも生産性の高いチームと低いチームがあります。その原因を徹底的に突き詰めてみたら、「Psychological Safety(心理的な安心感)」というキーワードに行き着いたのです。
参照)“グーグルが突きとめた!社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ”
結果、「チームのリーダーが進行性の癌にかかっていることを告白、共有したチーム」が実はもっとも生産性の高いチームでした。
働き方改革に着手して一年半のあるコンサルティング会社は、それまで不夜城だった職場を、「1日ひとり1時間程度」の残業で成果をだし続けるような職場に変えました。その会社の社長は「体育会系のマッチョな職場だったが、社員が優しくなった。クリスマスパーティで社員から感謝のメールを募集したら千通も来た。以前なら考えられなかった」というエピソードを語ってくれました。
これは意外なことではありません。働き方改革によって「心理的な安心感」が担保されたのです。ひと言でいうと、「働きやすい」職場になったのです。
トップからボトムまで、制度から風土までにかかわる改革を丁寧にやる。必要なIT投資も惜しまない。そうすると、1年半から2年ぐらいで「ギスギスマッチョ長時間職場」が「ワクワク安心職場」に変わっていきます。
労働時間に着目した改革に成功した会社は、社員の雰囲気が明るいです。某情報通信サービスの幹部は「過去24年間で今が一番働きやすい」と言っていました。会社の働きやすさは、「離職率の低下」や「ワーキングマザーや介護の人が働きやすい」というところに、わかりやすく表れます。
社員同士が「○時に帰ろう」という目的のもと、業務を共有し、「じゃあ、そこはやっておきますよ」などと言い合うGIVE&TAKEの関係も生まれます。え、信じられない? 時短を強いられると逆にギスギスするって? それは、間違った働き方改革だからです。
働き方改革は一日にしてならず。時間をかけて取り組まないといけません。今は混乱期ですが、ここで経営者が覚悟を決めないと、見せかけの「働き方改革」ではマイナスをもたらすだけでしょう。
働きやすくなれば生産性もあがる
今、私が注目しているのは「心理的な安心感」と「関係の質」という課題です。
「心理的な安心感」が担保され「関係の質」があがると、「結果の質」もあがります。これはMIT(マサチューセッツ工科大学)のダニエル・キム教授が提唱した、組織の成功循環モデルです。
あなたの職場はどうでしょう?
関係の質(ギスギス職場、命令や押しつけがある)⇒思考の質(社員は思考停止、萎縮して視野も狭い)⇒行動の質(自律的、前向きな行動が産まれない)⇒結果の質(長時間働いても結果がでない)⇒関係性の質(さらにギスギス)という「負のサイクル」がまわっていないでしょうか?
関係の質(多様な人が互いに尊重し、一緒に考える)⇒思考の質(自分で気づき、考える)⇒行動の質(自律的、自発的に働く)⇒結果の質(成果がでる)⇒関係性の質(ワクワク職場)という「正のサイクル」に変わることが、働き方改革の本質ではないかと思っています。
では、「関係の質」をあげるためには、どこから手をつけるべきでしょうか? コミュニケーション研修でしょうか? いいえ、「時間資源」に着目することから始めるのです。
職場のギスギスの原因は、「長時間労働」による「思考停止」「コミュニケーション不足」や「勤務時間による差別」(育児や介護で長時間労働ができなくなると二流社員扱い)であることが多いのです。
だから、「労働時間」に一番に着目することで、さまざまな課題が見えてきて、それを解決することが「正のサイクル」へとつながるのです。
「おもしろい会社」が伸びる時代
では、「生産性=量=時間」ではなく「生産性=質」の時代に入ってくると、何が変わるのでしょうか?
量の作業は今後、AIや自動化ツールがやってくれます。人間が良質のイノベーションを創出するには、ダイバーシティインクルージョンが不可欠です。多様なメンバーが尊重しあい、一緒に考え、意見を忌憚なく言える「心理的な安心感」があるチームにこそ良質なイノベーションが起きるのです。
経営者の役割とはまさに、そのような「関係の質が高い職場」を作り上げることではないでしょうか?
ボルチモアのアンダーアーマーというスポーツブランドは、今、全米で注目される伸びている会社で、その会社を見学した人によれば、「上司と部下がサンドバッグを叩きながら、テニスをしながら、ディスカッションしていた」といいます。
いったいなぜそんなことをするのかと聞くと、“Stay Flesh”と言われたそうです。会議室で顔を突き合わせても、魅力的なアイデアはでてこない。だからこその工夫なのです。
今、そんなおもしろい、魅力的な会社が伸びています。
働き方改革の真の果実とは、社員にとって魅力的な会社になること。社員はワークライフバランスを保ちつつ、おもしろく、自律的に仕事ができ、自己研鑽の時間もあり、それが会社にとっての成果にもつながるのです。
先日も中小企業の人が「内定辞退率7割」を嘆いていました。魅力的ではない企業にはもう人は来ない。また離職した分も埋まりません。職場でストレスを感じることの1位は人間関係だそうです。実はこの「人間関係がもたらす損失」をきちんと計算したら、大変な額になるのでは?
「仕事=楽しいこと」「仕事=自律」にマインドセットしていくこと、「マッチョギスギス職場」を安心安全な労働環境の「ワクワク安心職場」に変えて行くこと。これこそが、会社にとっても個人にとっても、双方に良い結果をもたらす働き方改革で、それは会社にとっても美味しい……やっとそんな時代になったのだと思います。
参考)
https://www.salesforce.com/jp/blog/2016/06/success-theory.html
『産業医が見る過労自殺企業の内側』 (集英社新書)