文/マイケル・ウルフ
「いまはテレビの時代なんですよ!」
2015年6月、ルパート・マードックが息子のジェームスを21世紀フォックスの最高経営責任者(CEO)に任命した時に、当然の疑問が生まれた。
つまり、マードックの息子に生まれたということが最大の資質であるような男が、一体どうやってシリコンバレーの実力主義を生き抜くプログラマーや起業家に太刀打ちできるのだろうか、という疑問だ。
私は数年前、ジェームスが父親のサテライト放送会社のBSkyBを経営していた時に行った辛辣なインタビューで、この落差を指摘したことがある。すると彼はマードック特有の口調でそれをあっさり切り捨てこう答えた。
「全然分かってないんじゃないかな。よく周りを見回してくださいよ。テレビの時代なんですよ!」
マードック一族は古い時代のメディアの遺物と信じ込んでいた私は、周りを見回してみた。すると確かに、インターネット時代であるにもかかわらず、BSkyBが強大な地位を確立している事実にたじろいでしまった。実際、それはヨーロッパ最大の企業の一つだった。
直観に反するもうひとつの事実がある。
どんなにデジタル企業の評価額が急騰し、誇大宣伝されてメディアが騒ごうと(もっとも、その大半はデジタル・メディア自体から発信されるものだが)、いまだに人々はインターネットよりテレビ視聴に多くの時間を費やしているということだ。
そして、テレビを見るためにインターネットを使う時間が増えていたのだ。
実際、マードック氏と話をした時から今日に至るまでの間、つまり、メディア界のほとんどの人が「デジタルこそ未来だ」と言っていた期間は、テレビの歴史の中で最も大きな成長が見られた時期のひとつだった。
広告離れを進めてきたテレビ業界
オンライン・メディアの革命家たちは当初、より多くの無料コンテンツと、より多くの広告というテレビのビジネス・モデルを盗むことで、やすやすとテレビの旨みを手に入れられるものと踏んでいた。
ところが、今やオンライン・メディアは「無料」の中で溺れかかっている。あらゆるもののアグリゲーターであるグーグルとフェイスブックがトラフィックを支配し、実質的に広告料金を設定する形となっている。
この両者のトラフィックが驚異的に拡大したことで広告市場は過剰供給となり、広告料金を押し下げる結果となった。ガーディアンからバズフィードに至るまでのメディアは、トラフィックを増やすことによってしか競争に勝つことができない。
トラフィックというのは、愛読者ではなく単に通り過ぎてゆく何百万というウェブページの訪問者で、それは、あまりにも瞬時であるため、当然ながら支払われる広告料はどんどん安くなっている。
一方テレビ業界は、あたかも中毒から回復するように、着実に広告離れを進めてきた。ケーブル会社からの料金や、毎月消費者のクレジットカードから引き落とされる料金に基づく新しいビジネスを始めているのだ。
今日、放送とケーブル収入の半分は広告以外からのものとなっている。ケーブル料金を払うのは世帯の大人たちであることから、コンテンツも「ザ・ソプラノ」、「マッド・メン」、「ブレーキング・バッド」、「ザ・ワイヤー」、「ザ・グッド・ワイフ」など、大人向けのものでなければならない。
皮肉なことに、かつてもっぱらニールセンの視聴率に振り回されていたテレビが高級化し、オンライン・メディアは、ばかげたトラフィック・ゲームに成り下がっている。テレビは、名声と影響力を収益化する方法を見出したのだ。
何人の人が「ハウス・オブ・カーズ」を見たかなど分からないし、そんなことはどうでもよい。大衆市場のテレビが高級化に向かったのに対し、リスティクル(リスト記事)や過剰に感傷的なバイラル動画などを提供するデジタル・メディアは、低レベルのマス(層向け)路線を追う形になった。
ネットフリックスの実態はテレビ会社
この疲弊した第2次大戦後のテクノロジー(=テレビ)は、どうやって王座を奪還したのだろうか。昔気質のビジネスマンが経営に当たったのだ。
YouTubeがテレビの海賊サイトとなる恐れが生じた時、バイアコムの84歳になるサマー・レッドストーンが率いるテレビは、YouTubeの所有者であるグーグルを苦渋に満ちた訴訟合戦に引きずり込んだ。そしてレッドストーン氏のような守旧派的行為により、YouTubeは海賊からライセンサーに変わった。グーグルを自分の顧客にしたのだ。
視聴者に払わせるという未来のモデルを習得しつつあるのは、デジタル・メディアではなくテレビだ。そして当然の結果として、相手がお金を払ってくれるようなコンテンツを制作している。
バズフィードが売れるのはそのトラフィックだけで、しかも、それは一回しか売ることができない。テレビ番組は、何回でも売れる。ストリーミングは、今や放送とケーブルにとって第三の足となった。
それにより、ライセンスとシンジケート事業の大きな新市場が生まれているのだ。テレビはインターネットを植民地化しつつあると言えよう。
米国のインターネット帯域幅の78%を占めるようになったストリーミング動画は、今や最もホットな人気メディアとなったばかりではない。それは世のトレンドに抗い、多くのクリエーターたちはそこから収益を得ている。
ネットフリックスは、自らをテレビの破壊者と喧伝している。しかし実際のところ、ライセンスやプログラミング料としてハリウッドやテレビ業界に年間約20億ドルを支払っているテレビ会社に他ならない。
デジタル・メディアもテレビになりたい
一見危機のように見える最近の現象は、単にテレビの箱から離れ、コードを切り離したことに過ぎず、実際には、かつてないほど多くの人がテレビ番組を見ているのだ。
そして、画面上で見るものを楽しみ、それに対価を支払っている。巧みに、かつしっかりと制作された物語風のエンタメ動画は非常に収益性が高いため、デジタル・メディア業界の誰もがプレミアム動画のストリーミング(つまりテレビ)を目指している。
彼らは、下落を続ける広告料と、より多くのトラフィックを求めるプレッシャーに辟易としているのだ。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグは、彼の会社の将来は動画だと言い切る。バズフィードとハフィントン・ポストも新たなテレビ計画を発表している。
これが意味するのは、メディアの成功に必要な基本条件は何も変わっていないということだ。つまり、人々が関心を払い、そのためにお金を支払うような優れた商品の提供。要は、ウェブの訪問者数ではなくクレジットカードというわけだ。
2014年にルパート・マードックは息子ジェームスの強い勧めでタイムワーナーを買収するための入札を行った。これにより、今や主要なコンテンツ所有者、大手ケーブル業者、デジタル・プラットフォームなどすべてを巻き込んだ戦いの火蓋が切られたのは明白だ。
それは、動画業界での優位性を巡る争いだ。デジタル革命ではない。ジェームス・マードックは正しいのだ。周りを見渡してみるといい。これはテレビ革命なのだ!
翻訳/オフィス松村
メディア・コラムニスト。メディアとテクノロジーとビジネスが交わる世界を「ヴァニティフェア」「ニューヨーク」誌などに4半世紀以上にわたってレポート。マードック・ファミリーへの食い込みの深さでも知られる。著書に「回転資金(バーンレート)―ネット・ビジネスの裏でムシられる人々」(徳間書店)など。
