豆腐屋の息子が一代にして 資産500億円、年収20億円 狙われたセガサミー里見会長はとんでもない大金持ち

一代で巨大エンタメ企業を築いた立志伝中の人物。政治家、スポーツ選手のタニマチ。自宅に銃弾を撃ち込まれた受難の経営者。里見氏を巡る人物評は見方によって様々だ。知られざる素顔に迫った。

シャガールの絵画

東京・板橋区。下町の風情が残る駅前の商店街を抜け、高級というわけではないが、閑静な住宅街に入ると、突如として要塞のような豪邸が目に入る。周辺は庶民的な一軒家やアパート、都営住宅が並んでいるだけに、その威容が一際目立つ。

「この家の主は、このへん(板橋区双葉町)で唯一の大金持ち。表札に『里見』ってあるでしょ?『ここは里見浩太朗さんのお宅ですか?』って、何度も人に聞かれました。でも、違うんです。同じ『里見』でも、里見治さんの家なんです」(近隣住民)

日本最大のパチスロメーカー・サミーを創業した里見氏は、'04年にゲーム会社セガと経営統合し、セガサミーホールディングスの会長に就任した。

1月下旬、里見氏の豪邸の周囲は物々しい雰囲気に包まれていた。自宅前にはシルバーの乗用車が常駐し、防寒ジャンパーに身を包んだ警備員2名が睨みを利かす。この厳重な警備体制は1月14日未明に撃ち込まれた、一発の銃弾が原因だった。警視庁OBが話す。

「里見氏が率いるセガサミーは、近年、カジノへの進出を公言しています。ただ、現在のところ、どういった形で日本にカジノが作られるかは固まっていません。これからカジノ利権に食い込みたいアングラ勢力や海外勢も跋扈していて、そういった連中が示威行為に走ったのではないかと見られています。まだ、実行犯は特定できていませんが、カジノ利権絡みの発砲事件というのが、捜査当局の見立てです」

自宅に銃弾を撃ち込まれた里見氏とは、いったい何者か—。取材を進めると、豪腕経営者の知られざる素顔と、その巨額資産が明らかになった。

里見氏は創業者として、セガサミーの株式を3361万9000株保有する筆頭株主だ。同社の株価が1523円であることを考えると(1月22日現在)、保有株式の時価総額は500億円に上る。さらに、里見氏に加えて、その妻や長男・治紀氏が取締役に名を連ねる資産管理会社もセガサミー株を計2297万2000株保有しており、里見一族の資産は800億円をゆうに超える。

これらの株式には配当金が支払われ、'14年3月期は、里見氏個人が約13億円、資産管理会社が約9億円を受け取った計算になる。

それだけではない。'10年から、上場企業の役員で1億円以上の報酬を受け取った人は氏名と金額が開示されることになったが、里見氏は常連だ。昨期は日本人2位となる6億3500万円の役員報酬を手にした。

今回、銃弾が撃ち込まれた自宅は地上3階地下1階、延べ床面積が1000m2を超える豪邸で、内部は超一流の調度品や美術品で飾り立てられ、地下にはちょっとしたレジャー施設ばりのアミューズメント機器が取り揃えられているという。

古くから里見家を知る関係者が言う。

「自宅を建て替えたのは、'02年のこと。総額17億円もかけたそうです。巨大なリビングルームには特注のガラステーブルが置かれていて、テーブルを支える脚が1本300万円と聞いて驚きましたね。大量の美術品も飾られています。青を基調としたシャガールの作品をはじめ、著名な作家の作品がズラリ。その他にもバカラの花瓶やアンティークの壺などが無造作に置いてあります。

日本間には立派な掛け軸がかかり、風呂場はまるでスポーツクラブのようです。地下にはカラオケやビリヤード台、スロットが楽しめるホームバーが設えてある。ワインセラーには1本100万円もする高価なワインが並んでいました。治さんがタニマチをしていた力士や野球選手がそこでスロットを遊んだそうです」

ミスターのタニマチ

里見氏のタニマチ気質は業界でも有名だ。セガサミーがスポンサーのゴルフ大会・セガサミーカップは、名誉会長として長嶋茂雄氏を迎えている。また、昭和の大横綱、千代の富士のファンで、九重部屋の面倒をよく見ていたという。

近年は、念願のカジノ進出を見越してか、政界との結びつきも強固なものにしている。里見氏の華麗すぎる人脈が白日の下に晒されたのは、'13年9月に行われた次女の結婚式だろう。

経済産業省のキャリア官僚・鈴木隼人氏(現在は衆議院議員)との披露宴は、ホテルオークラ東京で盛大に開催された。

出席者は現職総理である安倍晋三氏を筆頭に、政界からは小泉純一郎氏、森喜朗氏といった総理経験者、菅義偉官房長官らが出席。芸能界からは徳光和夫が司会を務め、石井竜也が列席し、EXILEがビデオレターを寄せた。スポーツ界からは長嶋氏に加えて、王貞治氏、青木功氏と、いずれも錚々たる顔ぶれだ。

里見氏の娘婿として、各界のVIPに祝福されて結婚生活を始めた鈴木氏は、昨年暮れの総選挙に自民党から立候補し、当選を果たした。

「といっても、選挙区では立候補をしておらず、比例東京ブロックでの当選です。名簿順位は25位でしたが、その上の24人は小選挙区で立った候補者たちで、鈴木氏は比例単独候補としては、事実上の名簿1位。つまり、出馬した時点で当選確実だったわけです。

鈴木氏は経産省に入ったのが'02年で、官僚として目立った実績はありません。それなのに、超異例の厚遇だったのは、当然、義理の父親、里見さんの存在があったからだと囁かれています」(政治ジャーナリスト)

もちろん、公認を出した自民党の側にもメリットがないわけではない。

「里見さんは、第一次政権のときから安倍総理と親しく、政権をほっぽり出し、下野した後も物心両面で面倒を見たといいます。'13年には里見氏が安倍総理に5000万円手渡した、という記事が情報誌に掲載されたこともあります。そこまで露骨なことをしないまでも、里見氏やセガサミーが安倍総理をはじめとした自民党議員に政治献金をしているのは事実です」(同前)

「1兆円稼ぎたい」

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今でこそ政界の熱心な後援者となり、エスタブリッシュメントの一員として、その名を轟かせる里見氏だが、そうなるまでには、紆余曲折があった。

里見氏の父親・治夫氏は、妙義山の麓に位置する群馬県甘楽郡妙義町(現・富岡市)の出身。里見氏は母親の実家がある群馬県福島町(現・富岡市)で生まれた。治夫氏が東京で職を得たことから、一家は豊島区雑司が谷に移住したという。

治夫氏の古くからの知人が言う。

「その後、板橋に移り、故郷からこんにゃく芋を仕入れて製造し、販売していました。ところが、こんにゃくは夏場に売れないことがわかった。そこで治夫さんは早々にこんにゃくに見切りをつけ、豆腐屋に商売を変えたんです。豆腐は年間を通じて売れますからね」

治夫氏は治氏にも受け継がれた商才を発揮した。食糧難の時代を背景に、商売を順調に拡大させ、最盛期には30人以上の従業員を抱える、都内有数の豆腐工場にした。治氏は家業の成功で、比較的裕福な学生時代を過ごしたという。

「教育熱心な母親の存在もあって、大学は青山学院大学に進学。ところが、学業にまったく興味がなく、池袋にバーを開いたり、ジュークボックスやゲーム機のリース業をしたりと、商売に精を出していました。ジュークボックスから回収した100円玉をズダ袋に入れて歩いていたものです。当時、『驚くほど儲かった』と言っていました。

結局、大学は中退。かといって、豆腐屋を継ぐ気もない。自分で商売を始める道を選んだのです。こんなこと言っていましたね。『(家業が)豆腐屋だけに1兆(丁)円稼ぎたい』と」(前出の知人)

1兆円を稼ぐには、他人の作った機械をリースしているだけでは限界がある。そこで、里見氏は自らゲーム機を製作することを考えた。試行錯誤を経て、クレーンゲームなどを世に送り出し、'73年、往年のファンに懐かしい、アレンジボールの大ヒットで経営を軌道に乗せる。

「アミューズメント事業に目をつけたのは、ジュークボックスが原点です。それ以降、一貫して娯楽産業に携わってきました。大衆がどんな娯楽を望んでいるのか、それを先取りして提供する先見の明があった。この感覚は若い頃から自分で儲けて遊んでいたから身についたのでしょう。

ところが、手形詐欺事件に巻き込まれて4億円の損失を出したこともあり、'77年に倒産を経験。再起を模索し、インベーダーゲームのヒットもあって、息を吹き返します。'82年からはパチスロの製造・販売を開始し、シェアを拡大。しかし、射幸心を煽りすぎるということで規制が厳しくなり、再び'93年に倒産の危機を迎えました」(前出の関係者)

里見氏がこのとき頼ったのが、情報処理大手CSK会長で、セガの会長でもあった大川功氏(故人)だった。里見氏は自分が保有する全株式をもって借金を申し入れ、78億円を用立ててもらう。'95年からはパチンコにも本格的に参入し、里見氏は、この借金をわずか2年半で返したという。

その後、大ヒットした『獣王』『北斗の拳』といったパチスロ機に恵まれ、パチスロの業界トップの地位を確立し、現在に至る。

「ただ、いくらアミューズメントといっても、詰まるところパチスロ・パチンコはギャンブルですから、社会的な風当たりは強い。当然、色々と悪く言われますが、本人は気持ちのいい男ですよ。商売柄、ヤクザ者からの接触は何度もあったそうですが、彼自身は若いときから暴力団が嫌いでしたしね。そう言えば、いつも身の回りに気をつけていて、愛車は特注の防弾仕様でした」(前出の関係者)

大震災で2億円を寄付

事業欲があっても、金銭欲はそこまで強くないと、里見氏の知人は口を揃える。「墓場までカネを持っていくつもりはない」とも公言しているという。

「株主総会で、個人株主に『おカネは何に使っているんですか?』と尋ねられ、『社会貢献』と堂々と答えていました。実際、東日本大震災ではポケットマネーから2億円を寄付しています。郷里の富岡市には毎年1000万円ずつ、ふるさと納税もしているそうです」

ただし、社会貢献も本業がうまくいってこそ。現在、パチンコ・パチスロ業界は衰退の一途を辿っている。'00年代前半には30兆円と言われた市場規模は年々縮小し、現在では20兆円を割り込んでいる。

新しいフロンティアとして里見氏が目をつけているのが、カジノなのである。

現在、各地で誘致合戦が繰り広げられているカジノだが、その経済効果は2兆円とも試算されている。もちろん、現状で日本国内にカジノの運営経験のある会社はなく、海外の運営会社に頼らざるを得ない。その海外の会社と組んで、カジノ運営に携わろうと、セガサミーをはじめとする国内の遊技機メーカーはしのぎを削っている。

「すでにセガサミーは韓国の現地法人と組んで、仁川国際空港の近くにカジノ建設を始めています。昨年11月に着工し、'17年のオープンを予定している。さらに釜山でも同様の施設を作る予定です。これらに日本人スタッフを送り込み、ノウハウの蓄積を進めている。日本でカジノが解禁になれば、圧倒的なアドバンテージになるでしょう。さらに、セガサミーが'12年に買収した宮崎県のシーガイアはカジノの候補地として有力です」(カジノの動向に詳しいジャーナリスト)

1月26日から始まる通常国会では「カジノ法案」が提出される見通しだ。可決されれば、最短で'20年には、国内での最初のカジノがオープンすると見られ、里見氏はこれに運営会社として関与する野望を隠さない。

もはや蕩尽の限りを尽くしても、使い尽くせぬほどの資産を築き上げた。残された最後の夢は、「日本初のカジノ王」になること。今年73歳を迎えた里見氏にとって、残された時間はそう長くはない。

「週刊現代」2015年2月7日号より

 

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