そこまでするか、と首をかしげずにはいられない。誰もが知る有名企業同士が繰り広げる相互批判、暴露、醜聞の蒸し返し……。異例の喧嘩の裏には、どうしても負けられない「事情」があった。
まず野村が訴えた
子供の頃、喧嘩には暗黙のルールがあった。相手が泣いたら止める、血が出るようなことはしない、顔は殴らない。
大人であればなおさらのはずだが、野村證券と日本IBMという名門企業が法廷の場で争う大人の喧嘩には、そうしたルールはまったく通用しないようだ。
互いが互いを徹底的に批判し、完膚なきまでに叩きのめそうとする大ゲンカが今、展開されている。
「野村がIBMに委託したシステム開発プロジェクトが頓挫したことがきっかけで、野村が被った損害として約33億円という巨額の支払いを求めています。野村が支払いを求める通知書を送ったところIBMが拒否したため、昨年11月に野村證券と親会社の野村ホールディングスが日本IBMを東京地裁に提訴したのです」(全国紙経済部記者)
第一回の口頭弁論が東京地裁で開かれたのが今年2月で、以降、第二回(4月)、第三回(7月)、第四回(9月)が開催され、現在も係争は継続中だ。
両社ともに「係争中につきコメントできません」と喧嘩の中身を明かそうとしないが、裁判資料を読み込むと、互いに一歩も引かないガチンコバトルの内情が浮かび上がってくる。
まずは野村の主張から見ていこう。
〈(※日本IBMは)当該システムの中核であったアプリケーション・パッケージ(中略)のカスタマイズ作業を適切に遂行できずにスケジュールの延期を繰り返し、本件プロジェクトの中核となるべき要員を適切な引き継ぎも行うことなく頻繁に交代させて適切な開発体制の確立を怠り、かつ原告野村證券が提示した問題点に関する挽回策を提示することもなく、その結果、本件プロジェクトを頓挫させてしまった〉(〈〉内は裁判資料より。※は編集部註。以下同)
〈そのため、原告らが本件プロジェクトのために投じた莫大な時間および費用は無意味なものとなった。そこで(中略)訴えを提起したものである〉
読むだけで怒りが伝わってくる文面である。野村が提出した裁判資料はIBMに「お前が悪い!」と言わんばかりに、このような事態がいかにIBMのせいで生じたのかを、これでもかと事細かに記していく。
〈(※作業開始の初期の段階から)早くもスケジュールの遅延が発生しはじめ、しかも遅延によって延期した期日さえ遵守できずに遅延を繰り返すという事態が継続する有様であった〉
〈また、被告は、本件プロジェクトの各種作業が遅延しているにもかかわらず、一向にスケジュール案を作成しようとしなかったため、平成24年(※'12年)3月16日、原告野村證券は、被告に代わり、自身でリスケジュール案の骨子を作成し、被告に提示した。これを受けて、一旦は被告によるリスケジュール案の検討が進み始めたものの、被告によるキーパーソンの突然の交代により、リスケジュール案の検討は棚上げされたままの状態になってしまった〉
返す刀でIBMが反撃
〈キーパーソンの突然の交代〉とは、たとえば、野村との間で具体的な検討作業を中心的に行っていたIBM社員A氏がプロジェクトを離れる時、後任者への引き継ぎもなく、さらに事前の説明もないまま突然知らされたケース。また、プロジェクトの主要メンバーであったB氏が退職することになったとの報告が、突然IBMよりなされたといったケースなどであると指摘。
事態を憂慮した野村は、〈メンバー増強等によるプロジェクトの立て直しを依頼〉。しかし、IBMは〈『体制増強』と称しつつ、実際には『メンバー交代』を行うだけであるという弥縫策を繰り返し行った〉という。
すさまじいのは、こうした主張を裏付ける証拠として裁判所に提出された資料に、野村社員によるIBM社員への生々しい批判が載せられていることである。
たとえば、野村が証拠として出した野村社員のメモには、前述のA氏について、〈Aさんはコンサルとしてはよいかもしれないが、SE(※システムエンジニア)としてはダメ。PM(※プロジェクトマネージャー)失格。現場が見えていないし、コントロールできていない〉。別のIBM社員についても、〈Cさんはまったく機能していない。即リーダー交代してもダメージないくらい〉と酷評する内容が書かれている。
野村の主張に戻ると、'12年9月7日、野村はIBMに対して、プロジェクトの見直し案を検討するに当たって確認すべき課題23項目を記載した課題一覧を提示。IBMのほうで対応方針を検討して提示するよう依頼したというが—。
〈その後の検討を踏まえ、課題の件数は26件となった。しかし、(中略)被告は、信頼に足る改善策をほとんど示さなかった。さらに、原告野村證券は、課題一覧を改訂したが、改訂後の課題一覧においても、原告野村証券が提示した26項目の課題のうち、妥当と評しうる回答が示されていたのは(中略)わずかな数項目のみであり、その他の項目については説明さえほとんどなされていない状態であった〉
その結果、〈本件プロジェクトを継続しても本件システムを完成することは不可能であるとの結論に至り、平成24年11月2日、原告野村證券は、被告に対し、会議の場で口頭にて、本件プロジェクトの中止を意思決定したことを通告した〉わけである。
こうした野村側の主張に対して、IBM側も徹底抗戦。「ウソをつくな!」とばかりに、返す刀で野村の責任を追及していく。
まず野村が訴える作業の遅れについては、〈原告らは、テスト開始に至るまでの作業の遅れを縷々述べるが、以下のとおり、その遅れの原因は専ら原告らの側にあった〉と主張。その背景にあったとする野村の社内事情を次々に暴露した。
〈原告らが、社内の稟議のために一ヵ月間を要するとしたために一ヵ月が空費された〉
〈本件プロジェクトでは、原告野村證券内部の経営陣・IT部門と業務部門すなわち投資顧問事業部の間で意思が乖離してしまっていた〉
掟破りの「インサイダー攻撃」
本来はクライアントである野村の企業体質を批判するということ自体驚きだが、野村の体制を批判する辛辣な文章は止まらない。
〈原告野村証券の『プロジェクト責任者』や『プロジェクト管理者』は、いずれも社内の『内部的意思』の『統一』を図ることを怠った。また、原告らの経営陣も、社内の『内部的意思』の『統一』が図られていないことなどの『リスク』を適切に認識することなく、また、『プロジェクト管理』を適切に行うこともなかった〉
続けて見ると、IBMがプロジェクトの〈中核となるべき要員を適切な引き継ぎも行うことなく頻繁に交代〉させたとする野村の主張についても、〈そもそも被告が中核的な要員を『頻繁』に交代させた事実はない〉、〈後任者との間で適切な引き継ぎを行っている〉、〈本件プロジェクトは、被告にとっても重要なビジネスだったのであり、被告の要員が『適切な引き継ぎ』を行わないなどということは常識的にもあり得ないことである〉と真っ向から全否定。
B氏が退職したことで〈本件プロジェクトに対して悪影響〉が出たとする野村の主張に対しては、
〈B氏は(中略)『営業担当』者に過ぎない〉
と一蹴する始末である。
さらに、野村が提示した課題にまともに回答しなかったという点についても、こう反論している。
〈原告野村證券から、23項目ないし26項目の『課題』に対して具体的な回答がないなどの指摘を全く受けていない。23項目ないし26項目の『課題』が、本件プロジェクトを回復軌道に乗せるための重要かつ必要不可欠な課題であったならば、当然、被告が見直しプラン等を説明した際に早急に回答するよう求めたはずです〉
大事なら大事と言わなきゃ伝わらない。言わないお前らが悪いんだと、切って捨てているわけである。
そもそもIBMは、「システムの開発が不可能になったとか、履行不能になったなどという野村の主張そのものがウソ」だとしてこう反論する。
〈原告野村證券が被告に対してプロジェクトを取りやめる旨通知した平成24年11月2日の前日、すなわち同年11月1日までの間(中略)計画された作業は順調に進捗していた〉、〈本件システムは、既に開発が完了し、あと数ヵ月でテストも終了してシステムの運用を開始(サービスイン)できることが客観的に確実な状況となっていた〉。
したがって、33億円の損害賠償を請求される覚えはないという。
その上で、ではなぜ野村はプロジェクトを中止したのかと疑問を提起し、当時の野村経営陣を引責辞任に追い込んだインサイダー取引問題が背景にあったのではないかというシナリオを持ち出すのだ。
〈苦境を乗り越えなければならない新経営陣において、より重要なビジネス上の目的に注力するために、本件プロジェクトのような小さな部分を切り捨てるなどの経営判断がなされること自体はあり得よう。その際に引き継ぎ不十分であったことも考えられるところである。しかしながら、そのような内部事情を他者に転嫁することは断じて許されない〉
拳を下ろす訳にはいかない
野村からすれば蒸し返されたくもない醜聞を取り上げられた形であり、こうしたIBMの主張が出揃うと、野村は〈独自のストーリを縷々述べるが(中略)証拠に基づかないか、あるいは、証拠を牽強付会する極めて強引なものであり、全体として失当と言わざるをえない〉と反論。さらに、〈被告は、本件プロジェクトの中核となる要員を適切な引き継ぎを行うことなく頻繁に交代させるようなことは『常識的にもあり得ないこと』と認めているが、そのような『常識的にもあり得ないこと』が現実に起こってしまったのが本件である〉と主張する。互いに一流企業らしからぬ、感情ムキ出しの法廷闘争は過熱するばかりなのだ。
「IBMは反訴状を提出し、野村に未払い金や追加作業の報酬などを支払うようにも求めています。ちなみに双方の代理人は、野村が日比谷パーク法律事務所で、IBMが牛島総合法律事務所。日本有数の法律事務所同士のプライドを懸けた闘いという側面もある」(今回の訴訟に詳しい弁護士)
そもそも、「こうしたシステム開発に関わるトラブルはよくあることだが、和解で解決するケースが多い」(システムコンサルティングなどを行うナレッジコンスタント代表の乘浜誠司氏)。それなのに今回のケースが裁判闘争に持ち込まれたのには事情がある。
「実はIBMは、スルガ銀行ともシステム開発の失敗を巡る訴訟を行っています。現在は最高裁にもちこまれていますが、高裁ではIBMに約42億円の支払いを求める判決が下されている。スルガ銀行にシステムが完成しないリスクを伝えなかったと判断された形で、再び同じような判決を下されれば、IBMがこれまでやってきた業務のやり方を大きく変更しなければいけない可能性すら出てくる。その意味で、IBMは野村との裁判に勝訴して有利な判例を作りたいのでしょう」(日本IBMの取引先)
片や野村にしても、「IBMに支払ったカネを取り返せなければ、金額が大きいだけに経営陣の責任問題になるリスクがある。最悪の場合、経営責任を問う株主代表訴訟に発展しかねず、拳は下ろせない」(野村證券OB)と一歩も引けない。
勝負の行方はどうなるのか。システム開発をめぐる訴訟に詳しい弁護士法人アドバンス代表の五十部紀英弁護士が言う。
「最近の判例ではベンダー(売り手)側、つまりは今回のケースでいうとIBMのマネジメント義務が問われることが多い。さらに今回は、IBMとのプロジェクトを断念した後に、野村が依頼した野村総合研究所がシステムを完成させているので、IBMが不利といえます。ただ、ユーザーである野村も協力義務を果たしていなければならない。野村が無理な要求をしていたということが証明されれば、野村に不利な判決となりえます。どちらがより重い義務違反を行ったかが問われるわけです」
一方が倒れるまで終わらない大人の喧嘩はかくもすさまじい。次回期日は11月7日の予定である。
「週刊現代」2014年10月18日号より