丹羽宇一郎前駐中国大使が敢えて苦言を呈す「中国よ、日本をなめないほうがいい」

この隣人はヤバすぎる 

〔PHOTO〕gettyimages

2年前に「媚中派大使」のレッテルを貼られ、駐中国大使を引きずり下ろされた丹羽宇一郎元伊藤忠商事社長。「中国の弱みに石を打て」と副題のついた話題の新著『中国の大問題』を著し、本誌で「脱媚中派宣言」をした。

浮き足立ちすぎです

中国経済は日本に40年ほど遅れて発展しているというのが私の持論です。韓国が日本から20年、そして中国が韓国から20年遅れている。経済の発展段階からいうと、中国は今、日本の1970年代にあたるのではないでしょうか。

高度経済成長を経て、かつて日本が経験した中位安定成長期に入ったとみています。その頃の日本では、労働者の賃金が急上昇しましたが、同様のことが中国でも起きているのです。

中国はこれから、輸出中心の経済から内需中心の経済に移行していくでしょう。いわば「世界の工場」から「世界の市場」へと大きく舵を切っていく。しかも、14億人という、日本とは比較にならないほどの大市場です。

そこで問題となるのが、人民元高です。'85年のプラザ合意で、日本は急激な円高を迎えました。これは、アメリカからの圧力によるものでしたが、その結果、日本でバブル経済が起き、やがて崩壊したのです。その後、長い冬の時代に入ったことは記憶に新しいでしょう。

チャイナセブン(中国共産党中央政治局常務委員)の王岐山と面会した時、彼は「絶対に日本の二の舞にはしない」と強調していました。中国の警戒感は相当なものなので、今後は少しずつ元高にしていく戦略をとるでしょう。

中国はその一方で、日本がバブル経済に浮かれていたときのように、経済力にモノを言わせて、周辺国に対して覇権をちらつかせているように感じます。急激な技術力の進展を背景に、もはや日本抜きでも充分にやっていける、と自信を持っています。

中国は昨年、アメリカを追い越して世界一の貿易大国になりました。米の貿易総額が3・9兆ドル、日本が1・5兆ドルであるのに対して、中国は4・16兆ドル。このことも弾みになり、驕りを見せはじめているのです。

アメリカのゴールドマン・サックスや各国のエコノミストたちは、'17年には、中国がGDPでも世界一になるのではないかという予想を始めていますが、それは浮き足立ちすぎているでしょう。

すっかり失望しました

中国がアメリカを追い越して世界一になるためには、まだまだ改革が必要です。しかし、なかなか進んでいない。昨年11月に発表された中国共産党の重要会議「三中全会」の決議で、国有企業の改革が進まなかったことには、すっかり失望しました。

中国の全資産の40%は国有企業が持っています。国有企業の経営者は、中国共産党員や党幹部関係者ばかりで、そこに国民が不信感を抱きはじめているのです。

これまで8800万人の中国共産党員が、人数の上ではその十数倍にあたる14億の民を支配してきました。

それでも共産党が正当性を維持できたのは、二つの根拠があったからです。

一つ目は、戦後、これほど広大な土地と少数民族などの問題を内側に抱えながら、中国社会を経済的に立てなおしたこと。

二つ目は、「抗日戦争」に勝ったことです。

ところが、こうした正当性に対する国民の意識が弱まってきています。これは、市場の発展を目指す上での最大の懸念事項と言ってよいでしょう。

政権の基盤が弱まって、国内政治が不安定になっている。そんなとき、習近平政権はどう動いたか。求心力を維持するために、反日に走ってしまったのです。

しかし中国は、日本が世界第3位の経済大国であることを忘れてはいけません。日本経済がつぶれてしまえば、必ず返り血を浴びることになります。これは日本にも同じことが言えて、中国経済が崩壊したら、日本経済も大変なことになります。

尖閣をめぐる情勢が変化して以降、日中関係が悪化し続ける中で、いったい誰が得をしたというのでしょうか。

私が中国大使を務めていた期間は、'10年6月から約2年半です。就任してわずか3ヵ月後の'10年9月に、尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の巡視船の衝突事故が発生。いきなり日中の緊張関係の真っただ中に身を置くことになりました。就任中は尖閣に始まり、尖閣で終わったと言ってもいいくらいです。

東京都の尖閣購入計画が浮上した際、中国大使だった私は、英国の『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューに、「計画が実行されれば、日中関係にきわめて深刻な危機をもたらす」と答えました。

これが日本に伝わると、日本じゅうから「媚中派」「弱虫外交」などと批判を受け、「売国奴」という表現までありました。

「国民のクオリティ」が違う

たしかに私は「深刻な危機をもたらす」とは言いましたが、「領土を譲れ」などとは一言も口にしていません。「尖閣を国が購入すれば中国が猛反発して、大きな問題となるだろう」と現場からの警告を発しただけです。領土については「一ミリたりとも譲歩しない」といつだって主張してきたのです。

なぜ、あのとき北京にいる現場の声が尊重されなかったのでしょうか。中国が日本をどう思っているのか、その空気は現場の人間が一番よくわかっているのです。私は伊藤忠の社長時代、「すべては現場に宿る」を信条にしていましたが、外交も同じです。

しかしながら、今でも現場の声はかき消され、日中関係は悪くなる一方です。

さらに今、中国は海洋進出の姿勢を強めています。6月11日には、再び東シナ海の上空で中国空軍機が自衛隊機に30mまで接近するという事件が起こりました。中国は、経済が安定すれば、次に拡張主義をとるのは当たり前だと主張したいのでしょうが、今はグローバリゼーションの時代。中国はもっと周辺国とともに発展していくことを考えて行動しなければなりません。

たしかに経済が成長するときは、軍も拡大するものです。しかし、最優先すべきは、国民のクオリティを上げることです。ハードが発展していくのに合わせて、ソフトも発展させていかなければなりません。教育に本格的な投資をすることが、労働生産性を上げるために不可欠なのです。

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日本と中国の間の40年の差は、経済的なデータの他に、国民のクオリティにも当てはまるのです。

私はこれまで習近平国家主席に十数回会いましたが、比較的、親日派でフェアな人物という印象をもっていました。彼は私と会うたびに「両国は(隣国であり)住所変更ができない間柄です」とくりかえし口にしていました。私も同じ考えで、「日本と中国は、夫婦以上の関係。夫婦と違って、離婚も別居もできませんからね」と答えてきました。

そのことを、習近平国家主席は今一度思い出してほしいものです。

安倍総理と習近平国家主席との間には信頼関係がありません。アメリカやEUをはじめとする第三国からは、「いつ日中で戦争が始まるのか」といった質問さえ出てきています。

もちろん、そんなことは馬鹿げていて、日本も中国も望んでいません。しかし、日中間のいざこざは、中近東やアフリカの小国のそれとは、震度が違うのです。しかも、日中の当事者は、しょっちゅう揺れているので感じていないかもしれませんが、どんどん震度は大きくなっています。日中は、自分たちと第三国との認識のギャップの大きさに気づくべきです。

一度、各国の新聞を読んでごらんなさい。日中の対立はこんなにも深刻にとらえられているのかと驚きますよ。

安倍総理の昨年暮れの靖国神社参拝はそうした各国の世論に対して、火に油をそそぐようなものでした。世界の認識では、日本はやはり敗戦国です。戦争を放棄して、心から平和を願うと誓ったからこそ、日本は独立を認められたのです。

それなのに、まるで戦争を賛美するかのように参拝する印象を与えている。欧米諸国は、戦後レジーム体制への挑戦かと疑心暗鬼になっている。それを中国が巧みに利用しているのです。

このように、第三国の視点から問題を考えることで、日中が世界に与えている影響力を自覚する。それが大国を背負う者の一番大切な心構えです。この心構えを持っていれば、日中は互いの言動にもっと注意するようになるのではないでしょうか。

尖閣諸島に関して、両国首脳に提案したいことがあります。「売買」「国際法」「戦争」という三つの解決方法がいずれも閉ざされている中、残された選択肢はただ一つしかないと私は思うのです。

それは「フリーズ」(凍結)すること。一刻も早く、首脳会談を実現し、日中関係の現状をまずフリーズさせてしまうのです。氷はいずれ必ず解けますが、いますぐではありません。問題解決を急がないことが大事です。

とはいえ、どちらかの首脳がどちらかの国を訪問することはプライドがあって非常に難しい。国際会議を利用するか、第三国が取り持って、自然に顔を合わせるのがよいでしょう。日中韓首脳会談でもいいし、11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)を利用して日中首脳会談を開くのもよいでしょう。

日中は、過去42年にわたり共同声明や平和条約といった「4つの重要文書」を出してきました。主権を争わない。武器をとらない。そうした精神を確認し合い、「4つの重要文書」をお互いが守ろうという話なら、5分もあればできるでしょう。

6月6日、ノルマンディー上陸70周年記念式典で、オバマ大統領とプーチン大統領が対面しました。これはウクライナ危機後初めてのことでした。実に9ヵ月ぶりで、式典の合間に15分程度話をしただけですが、世界中がどれだけホッとしたことでしょう。日中も米ロと同じようにすればよいのです。

日中両首脳が「4つの重要文書」を確認し合うだけで、世界のメディアが大々的に取り上げてくれ、日中は戦争に走らないと認識します。ぜひ、実現していただきたいものです。

加えて、日中の多岐にわたる交流をできるだけ早く再開することが重要です。

まずは、経済交流を促進することが第一。14億という巨大市場をねらって、すでにドイツ、アメリカ、韓国をはじめとする諸外国が激しい売り込み攻勢をかけ、中国への投資を増やしつづけています。

資源のない日本は海外との貿易なしに生きてはいけない。そんな中、隣に世界最大の市場があるのだから、フルに利用していくべきです。

日本なしではやっていけない

中国市場は縮小するという見方も日本にはありますが、それはまったくの見当違いです。中国は人口が減っているように見えますが、'12年に生まれた中国人は1635万人で、日本の中学生以下の人口の1633万人とほぼ同じ。これだけの人数が毎年生まれ、食べて、服を着て、いずれは家を建てるのです。そのような市場が縮小するはずがありません。

GDPのうち、内需の割合は米が70%以上で、日本も67%。一方、中国は未だに50%を切っています。これから市場が、1・6~1・7倍に膨らむと思われます。

私は大使時代、33ある中国の地方のうち、27地区を視察しました。そのときの印象からしても、中国の地方はまだまだ発展します。東から西へと発展してきたので、今後は重慶など西の方へ広がっていくでしょう。

中国は今、大気汚染が深刻で、テロも頻繁に起きていますが、経済が発展するといろいろと問題が生じるものです。日本が前世紀の高度経済成長期に、オイルショックや公害問題などを経験したのと同じです。

中国が、これらの問題を解決すれば、日本人もまた観光に行くようになるでしょう。せっかく多くの世界遺産があるのに、日本から中国へ行く観光客も以前の3~4割になってしまいました。

中国に進出している日本企業は約2万2000社です。そして、現地の中国人を約1000万人雇用しています。日本の貿易総額の2割が中国との貿易なのですから、中国は日本が大切なビジネス・パートナーであることを忘れてはなりません。

中国には他国の領土を狙うのではなく、健全な発展をしてもらいたいものです。そして私たち日本人は、国益のためにこそ、感情に流されるのではなく、また、「短絡的な発想」に偏ることなく、中国を活用する互恵戦略を構築すべきです。

「週刊現代」2014年6月28日号より

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