グーグルや百度が注力する「ディープ・ラーニング」とは何か?

〔PHOTO〕gettyimages

 米グーグルが先月、カナダのAI(人工知能)研究所「DNNresearch」を買収したのに続き、今月は中国のグーグルとも呼べる百度(Baidu)が独自のAI研究所をシリコンバレーに設立した。

 両者には共通項がある。それは「ディープ・ラーニング(Deep Learning)」と呼ばれる、最先端のニューラルネットワーク技術を研究することだ。他にもマイクロソフトやIBMなど巨大IT企業も、この分野の研究開発に力を入れていることで知られる。

 ディープ・ラーニングについては、以前にも本コラムで簡単に紹介したことがあるが、これが今後のIT産業を大きく揺るがす重要な技術になることは間違いないので、今回はもう少し詳しく解説しよう。

半世紀以上の歴史を持つニューラルネットの一種

 ディープ・ラーニングとは、要するに人間の頭脳を構成する無数の神経細胞のメカニズムを、従来よりも正確に模倣した新種のニューラルネットワーク技術のことだ。ニューラルネットは、AI(人工知能)の研究開発が始まった1950年代から存在する伝統的な技術だが、それは当初から山有り谷有りの険しい道のりを歩んできた。

 史上最初のニューラルネットは、米国のフランク・ローゼンブラットという研究者らが開発した「パーセプトロン」である。それは原理的に神経細胞とシナプス(接合部)の信号伝達メカニズム、つまり人間の頭脳の働き方を(極度に単純化したとはいえ)工学的に再現したものだったので、当時のメディアが騒ぎ立てて一大センセーションを巻き起こしたと伝えられる。

 ところが、このパーセプトロンは致命的な欠陥を抱えていることが別の研究者らによって指摘された。それは、たとえば「排他的論理和」という初歩的な論理演算を理解できないことだった。排他的論理和などと書くと、なんだか難しそうに思われるかもしれないが、読者の皆さんも恐らく小学校で学んでいる簡単な概念だ。

 ベン図というのをご記憶だろうか。それを使って説明すると、集合Aと集合Bを考えた場合、AまたはBだが、その両方が重なる部分(AかつB)は除かれる(下図を参照)。これが排他的論理和である(簡単でしょ)。

「褒められては、けなされて」の繰り返し

 このように子どもでも理解できる簡単な概念がパーセプトロンには理解できない。それも原理的に理解できない、ということが証明されたので、パーセプトロンつまりニューラルネットに関する世間の関心や学者の研究熱は潮が引くように消えていった。

 しかし一部のニューラルネット研究者たちは、そうした冬の時代にも辛抱強く研究を続け、やがて1980~90年代にかけてパーセプトロンの構造をより多層化した新たなニューラルネットを引っさげて復活してきた。

 パーセプトロン、つまり初期のニューラルネットでは、情報の入力層と答えを出す出力層、その間にある中間層の3層構造だったが、80年代に復活した新型ニューラルネットでは、それらの間に「隠れ層」と呼ばれる新たなレイヤーが追加された。このように構造を重層化してパワーアップすることで、排他的論理和など初期の問題はクリアされた。

 ところが、この復活ニューラルネットも「動詞の過去形」など、やはり簡単な概念が理解できないことが指摘され、逆にそうした問題を解決しようとすると隠れ層の数をどんどん増やさねばならないため、計算時間が非現実的なまでに長くなってしまう。

-AD-

 ということで、結局これも最後は「ダメ」印が押されて、ニューラルネット研究は90年代から2000年代にかけて、またも下火になってしまった。

最新の神経科学を導入して再復活

 しかし一部の研究者たちは、ここでも恐るべき執念を見せてニューラルネットの研究を続行し、やがて最新の神経科学の成果を導入することによって、2000年代半ばに再び復活を遂げた。そこでは「スパース・コーディング(Sparse Coding)」と呼ばれる手法が成功の鍵を握っていた。

 英語の「Sparse」とは「少量」を意味する形容詞だが、スパース・コーディングとは要するに、ニューラルネットに入力される大量の情報から、概念形成に寄与する「ほんの少量の、しかし本質的な情報」だけを抜き出してくる技術である。

 これによって隠れ層をより多層化しても、現実的な時間内で情報処理ができるようになった。この最新のニューラルネットでは、隠れ層の1層目から2層目、2層目から3層目へと情報が深部にまで伝達されるに伴い、たとえば何かの画像であれば、点から線、線から輪郭、輪郭から部分、部分から全体のイメージへと、概念がより高次元へと段階的に引き上げられる。

 あるいは「学習が徐々に深められる」と言ってもいいだろう。この点を指して「ディープ・ラーニング(深い学習)」と呼ぶのだ。

 冒頭でも紹介したように、ディープ・ラーニングはグーグルをはじめとした巨大IT企業が今、最優先課題として取り組んでいるAI技術である。最近では、グーグルがスタンフォード大学と共同開発したネットワーク型コンピュータが、ディープ・ラーニング技術を使ってユーチューブ上にある大量の動画から「猫」を抽出し、そのイメージ(概念)をぼんやりとコンピュータ画面上に表示することに成功した。

既に実用化され、目覚ましい成果を上げている

 そう言われてもピンとこないかもしれないが、ディープ・ラーニングはそうした研究室レベルを超えて、今や実際の製品にも応用され、目覚ましい成果を上げている。たとえばグーグルの音声検索や、アップルの音声アシスタント「Siri」などの音声認識技術にはディープ・ラーニングが導入されている。

 これらを実際に使われた方ならお分かりかと思うが、現在の音声認識技術は半年、いや数ヵ月の間にも目に見えて精度が上がっていく。これは、まさしくディープ・ラーニングの凄さを物語っている。

 ディープ・ラーニングはそうした音声や画像などのパターン認識以外にも、新薬の開発にも応用され、素晴らしい成果を上げている。その肝であるスパース・コーディングは、世界の最先端を走る神経科学者達が提唱した、視覚や聴覚、味覚など人間の様々な認知機構に通底する普遍的アルゴリズムに基づいている。このため、ディープ・ラーニングの応用範囲は今以上に広がっていく可能性が高い。

 エレクトロニクスをはじめとする日本メーカーは、1980年代に産官学共同のAI開発プロジェクト「第5世代コンピュータ計画」で大した成果を上げられなかったため、AI分野にはいまだに及び腰という印象を受ける。

 しかしディープ・ラーニングのようなAI技術は、実は今、本当にブレークする段階に差し掛かっている。ここで日本企業がグーグルや百度などに水を開けられると、今後、挽回は不可能かもしれない。今こそ思い切って、こうしたAI分野へと研究開発資源を投入する必要があろう。

 

\現代ビジネスの記事を見つけやすく/
Google検索で優先表示

おすすめ記事