政財界に蔓延する重篤な「日本病」。今後、この病の克服なくして中国・台湾からの「逆流」は止められない

日本ではシャープと鴻海の社旗が並んではためいた〔PHOTO〕gettyimages

 先週は、日本中が丹羽大使の「旗問題」に激震したが、日中関係では他にも大変重要なことが起こった。シャープと鴻海の攻防だ。

 経営危機に瀕したシャープの主力工場である堺工場に、8月30日、「救世主」こと台湾企業・鴻海の郭台銘会長が視察に現れ、これに日台のメディアが殺到した。結局、郭会長は詰めかけたマスコミを煙に巻くように消え、同日夕刻には、プライベート・ジェットに乗って台湾へ帰ってしまった。

 私がこの問題をことさら注視しているのは、今後の東アジアの「逆流」が本格化する大きな一里塚になるだろうからだ。「逆流」というのは、中華系企業による日本企業の買収の流れのことだ。脅すわけではないが、あなたが勤めている会社が、5年後、10年後に中華系企業に買収されていない保証など、どこにもないのである。シャープにしても、わずか5年前までは、年間3兆円もの売上高を誇る超超優良企業だったのだから。

 この9月で創業100年を迎えるシャープの社歴は華々しい。1915年にシャープペンシルを発明。1925年に国産ラジオ第1号を製作。1953年に国産テレビ第1号を製作。1964年に世界初の卓上電卓を開発。1973年に液晶を初めて実用化、2001年に21世紀のテレビ「AQUOS」発表・・・。この100年、技術大国日本への道の最先端を歩んできたリーダー・カンパニーだ。

 そのシャープが、いまや倒産の危機に喘いでいる。昨年度の赤字は3,760億円、今年の第1四半期も1,384億円の赤字で、このまま行けば1年後には倒産確実という。

真っ先にリスクが検討される「日本病」

 なぜこのような悲劇が起こってしまったのか。経営学の専門家たちは、「液晶1本足打法の失敗」など、様々な分析をしているので、ここでは紙幅を割かないが、北京で様々な日系企業や中国企業を見てきた私に言わせれば、シャープが重度の「日本病」に罹った結果である。

 ソニーやパナソニックなども同じ病に感染していると思われる。破綻した日本航空も、巨額の損失隠しが発覚したオリンパスも同様だ。「ステージⅣ」の末期企業は話題に上るが、いま「ステージⅠ」「ステージⅡ」くらいの進行形の企業は、世の中に大小数多あるはずだ。

 「日本病」の本質とは何か。それは「責任回避」という日本人の最大の弱点から来る組織の硬直化、保守化、内向化である。

 私はこの3年間、北京で肌身に沁みていたが、北京や上海で日中ビジネスの渦中にいる日系企業の駐在員たちが、どれほど本社の「日本病」に悩まされていることか。日中ビジネスに関する何かの企画が持ち上がる。それを本社の経営会議にかける。そこでは真っ先にリスクが検討されるのだ。

 図らずも昨今の反日暴動で明らかになったように、そもそも中国ビジネスなどリスクの玉手箱のようなものだ。そのため、硬直化、保守化、内向化した日本の本社経営会議は、「様々な検討を行った末に」日中ビジネスの企画を却下する。その連続だ。

 資源の乏しい日本は前世紀、技術を不断に向上させることで、世界に君臨してきた。技術を向上させるには、莫大な研究開発費の投資やら海外進出やらといったリスクを取らざるを得ない。

 ところがいまや多くの企業が日本病に罹っているため、権限のある役員クラスの誰もが責任を回避し、揃って腹をくくって決断しようとしない。そして組織が硬直化、保守化、内向化しているため、せっかく先代が脈々と築いてきた技術やコンテンツも、先細りになっていく。その行き着く先が経営危機というわけだ。

「女子寮の窓の下にトランポリンを置け!」

 話をシャープに戻そう。このような重篤な「日本病」に罹ったシャープに救いの手を差し伸べてきたのは、台湾の精密機械企業の鴻海だった。

 鴻海は、一代で台湾ナンバー1の富豪にのし上がった立志伝中の経営者・郭台銘が築き上げた企業だ。1950年に台湾で生まれた郭は、海軍の専門学校を卒業後、1973年に台北で、鴻海プラスチックという企業を興す。その頃、台湾に白黒テレビが入って来たため、テレビのチャンネルやボタンの部品を作る会社を創ったのだ。創業当時の社員は、わずか15人だったという。

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 この会社が成長するきっかけは、日本の技術だった。1977年に、日本からピカピカの精密機械を買って工場に導入したのだ。その後、「安い製品を大量生産する」という台湾方式で、日本やアメリカの下請け企業として成長していく。

 台湾は1987年に戒厳令を解除し、中国大陸への渡航と投資を解禁した。これをチャンスと見た鴻海は、台湾企業第1号として、1988年に深圳に工場を建設した。

 それから24年。いまや鴻海の中国大陸での名称「富士康」を知らない中国人はいない。深圳の主力工場の従業員は、42万人! アップル社のiPhoneやiPadは、主にここから世界へ向けて出荷される。成都と武漢にも、それぞれ10万人規模の工場を立ち上げ、いまや全世界の従業員96万人、昨年の売上高9兆3,000億円という巨大企業である。この鴻海帝国を一人で切り盛りする郭会長は、2011年『フォーブス』長者番付で、世界179位となっている。

 鴻海は、典型的な中華系企業である。深圳在住10年を越す日系フリーペーパー『KANAN』の加藤康夫編集長が語る。

 「富士康は、中国における"外資系企業"の成功の典型例です。2年前に、深圳工場の女工たちが、低賃金と過剰労働、社内いじめなどで、10数人が次々に飛び降り自殺するという事件が起こり、大きな社会問題になりました。この時、視察に訪れた郭会長は一言。『女子寮の窓の下にトランポリンを置け!』。これが中華式経営というものです」

最後はカネを持っている方が勝つ

 この半年間のシャープと鴻海の攻防を見ていると、典型的な「日本病」に罹った日本企業と、成長著しい典型的な中華系企業の「文化的齟齬」が随所に噴出している。

 例えばシャープは、奥田隆司社長が就任したばかりで、万事合議制である。これに対し、鴻海の決定者は、CEOの郭会長一人である。だから郭会長が、プライベート・ジェットで訪日し、シャープの本社へ乗り込んで1時間も座っていれば、社としての方針は100%決定する。

 これはなにも鴻海が特殊なのではなくて、ほぼすべての中華系企業が、同様の経営スタイルを取っている。中国人に言わせれば、「皇帝様が何人もいてどうする?」というわけだ。

 ところがシャープは、会議、会議、会議、会議で、しかも会議の度に新たなリスクが指摘されたりするので、誰も責任を取らないまま、結論を先送りにしていく・・・。恐らくこうした「日本病的体質」に辟易した郭会長は、「とにかくグタグタ言わないで主力の堺工場を見せろ!」と迫ったのだろう。それで8月30日に、堺工場に乗り込んだのだ。

 しかも、「日本病の本質」を、台湾人経営者たちにとくと見せつけるため、「台湾企業代表団」なる集団を引率して視察したのだった。ハゲタカならぬ龍の襲来である。

 シャープと鴻海の攻防は、日本病企業と中華式企業の闘いなので、一筋縄では決着がつかないだろうが、ビジネス界では、最後はカネを持っている方が勝つに決まっている。すなわち、シャープ側が無条件降伏して終わるのではないか。

 そしてこの鴻海のシャープ買収を契機として、今後次々に、中華系企業が、「技術」で武装してはいるものの、すでに弱々しい「日本病患者」を物色しに来るに違いない。これまでは日本企業の中国・台湾進出が「主流」だったが、これからは「逆流」が始まるということだ。

 日本企業の側としては、糖尿病を克服するように、地道に「日本病」を克服していくしか道はない。それは経済界だけでなく、政界も同様である。

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