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プロダクト開発の先進事例に学ぶ、キーパーソンインタビュー

接触確認アプリのUXデザイナーに聞く「6000万人が使えるアプリ」のUXデザインとは?

前編

「6000万人に使ってもらうアプリ」のUXはどう設計されたのか

――COVID-19 Radarで、児玉さんは主にUX/UIデザインの部分に関わられたということですが、開発にあたり特に重視された部分は何だったのでしょうか。

児玉:プロジェクト全体としては、まず「グローバル対応、多言語対応のOSSであること」をかなり大事にしていました。これは、廣瀬さんの思いが強く反映されているコンセプトでもあります。

 今回のコロナ禍において、お金を出してコンタクトトレーシングのアプリ開発を業者に発注できる国であれば、まだよいのですが、世界には、そうした技術的、金銭的なリソースがない国も多くあります。そして、そうした国こそ、COVID-19から受ける影響も大きくなります。OSSとして利用できる基盤があれば、それを自国向けにカスタマイズして使うことで、感染拡大を少しでも食い止めることができるのではないか。そうした基盤を作ることが、社会貢献としての意義も大きいだろうと考えていました。

 私がプロジェクトで担当したのは、画面遷移、ナビゲーション設計、画面上の情報の配置、説明の文言といった情報設計全般です。その際、意識したのは「6000万人に使ってもらえるようにするためのUX」を、アプリに実装することでした。

 この「6000万人」というのは、COCOAのリリース当初話題になった「人口の約60%がコンタクトトレーシングアプリを利用すれば、局地的な流行を抑えられる」というオックスフォード大学の研究結果を根拠にしています。もっとも、この研究も若干誤解されているところがあり「60%が入れなければ効果がない」というわけではなく「使う人が増えるほど効果がある」という意味なのですが、いずれにせよ、より高い効果が期待できるインストールベースを目指すにあたり、日本総人口のおよそ60%にあたる「6000万人」に入れてもらい、使ってもらえるアプリとすることをゴールに据えていました。

 「入れてもらう」ところについては、厚生労働省による、広告のようなコミュニケーションに依存する部分がかなり大きくなります。一方の「使ってもらう」部分については、そのためのユーザビリティをどう実現するかがアプリ側での課題です。

 一口に「6000万人」と言いましたが、この数字は「日本でスマホを持っている、おおよそすべての人が使えるもの」でなければならないことを意味します。この条件が、おのずとさまざまな制約を生みました。

 まず、iPhoneとAndroidというOSの違いです。アプリを作るにあたり、別々のコードベースで進めていては、迅速なリリースは難しくなります。そのための技術的な選択として、実装には「Xamarin」を使いました。

 次の制約は、サポートするOSのバージョンです。これについては、iOS/AndroidでExposure Notification APIがサポートされる範囲に依存します。それに付随して、端末の画面サイズやアスペクト比なども考慮し、情報設計を行う必要がありました。

――「6000万人のUX」を考える際に、具体的にどのような手法を使われたのでしょう。

児玉:UXの領域ではよく使うものですが、COVID-19 Radarについても、かなり早い段階で、カスタマージャーニーマップの分析をやりました。そこでポイントとして見えてきたのは、このアプリケーションは、これまでにない「全く新しい概念のアプリ」であり、最初に「何のためのアプリなのか」をユーザーに伝え、理解してもらわないことには、使ってもらえないということでした。いわゆる「オンボーディング」と呼ばれるような導入プロセスの設計が重要というわけです。

 アプリの性質上、利用規約やプライバシーポリシーはかなり複雑なものを確認してもらう必要があるのですが、その規約よりも先に「このアプリで何ができるのか」「使うことでどんなメリットがあるのか」「利用者のプライバシーはどのように守られるのか」を表示して、分かりやすく説明する仕組みにしました。

カスタマージャーニーマップ
カスタマージャーニーマップ

 メイン画面に表示する機能については「利用頻度」と「重要性」の軸でマッピングした上で、要件を定義していきました(下図)。このアプリならではの特性として、使い始めた後は、ユーザーが個別に起動する機会がほとんどありません。ユーザーが操作する主な場面は「接触確認」と「陽性者登録」です。これらについては、利用頻度は低いものの、アプリの機能としては重要です。加えて、このアプリが目指す「6000万人に入れてもらう」という目標を達成するにあたって、アプリ上でできることを何かと考え、「このアプリを周囲の人に広める」ための機能を加えました。一般的なアプリでは、情報構造上「ソーシャルシェアリング」機能の重要度は低くなりますが、COVID-19 Radarでは、あえてその機能に大きなウェイトを持たせました。

機能を「利用頻度」と「重要性」の軸でマッピング
機能を「利用頻度」と「重要性」の軸でマッピング

 これら、重要度の高い3つのコア機能については、利用開始後もアクセスしやすい場所に置き、それ以外の機能については、少し奥まったところに収める形にしています。

 全般的なUIデザインについては、最新のアプリで使われているような流行のデザインパターンをあえて使わず、少し古めのOSを意識したものにしています。これについては、コアメンバーの中で当初から方向性が一致していたのですが、アプリの性質上、クリエイティブについても、ユーザーの感情を揺さぶるような「ポップ」や「クール」なものにするべきではないという共通の認識がありました。

 このアプリは、いわゆる先端ユーザーに向けたものではなく、「日本のスマホユーザー全員」に使ってもらいたいものです。その点で、より重視されるべきは「ユーザビリティ」「アクセシビリティ」そして「アプリとしての信頼性」だと考えていました。

 アクセシビリティについては、視覚や色覚の障害がある人でも情報が判読できるよう、できる限り高いコントラストで情報が表示されることを、Adobe XDのコントラストチェッカープラグインなどで確認しながら配色しました。あと、Xamarinの機能を使い、スクリーンリーダーを利用して情報を読み上げるような作り込みも計画していました。ただ、こちらについては時間の関係で、完璧には対応できていない状態でリリースされましたので、引き続き、移管先にスクリーンリーダーへの対応を適切に行ってほしいとお願いをしている状況です。

 「アプリとしての信頼性」というのは、コンタクトトレーサーとしての信頼性ですね。Exposure Notificationへの対応や鍵交換といった主要機能が、問題なく、安定して動作するものにするという部分です。その部分の品質を高めることには、かなりの工数を使っています。

 一般的に、現在のアプリ開発プロジェクトでは、工数全体の80~90%がUIの構築に費やされるとも言われます。今回、フロントの開発作業は廣瀬さんがほぼ1人で行っていたのですが、そうした状況の中で、工数をUIデザインの洗練に割くよりも、フロント実装については、できる限りスタンダードなUIコンポーネントを使って工数を削りつつ、より重要な部分にリソースを振り分けたほうがいいという判断をしました。

 アプリケーションが持つべき役割、機能、品質を重視しながら、限られた期間と工数という制約条件の中で、どれだけのことができるかというチャレンジだったと思います。

――児玉さんご自身は、プロダクトマネージャーとしての経験も多くされてきたと思うのですが、その観点で、チームに対して何らかのアクションをされたことはありましたか。

児玉:最初の段階で方向性を合わせる部分、つまり「6000万人が使うアプリとして成立しているかどうかを常に考えよう」という思いを共有する点に関しては、かなり丁寧にフィードバックをしたように思います。

 とはいえ、今回のプロジェクトのメンバーはすべてボランタリーベースで参加していましたし、各領域については、本業で名の知れたプロフェッショナルの方が、それぞれに担当されていたので、チームとしての取り組み方について、特に何かしたというのはないですね。私が担当した情報設計の領域に関しても、基本的に提案のままで受け入れてもらいました。

行政がUXを重視し始めたのは大きな前進

――現在のCOCOAについて、児玉さんご自身が、引き続き何らかの形で関わられている部分はあるのでしょうか。

児玉:今、COCOAとして世に出ているアプリに関しては、特に個人的にはコミットできていません。それについては、先ほどお話ししたアクセシビリティ対応の面なども含めて、正直、少し残念な気持ちもあります。

 ただ、私としては、この「COVID-19 Radar Japan」というプロジェクトと、それを元に作られた「COCOA」というアプリのリリースは、日本の公共ITシステムの歴史の中でも、前代未聞の出来事だったと思っています。

 政府が緊急性の高いアプリケーションを作るにあたって、旧来のように大手SIerに発注し、下請け、孫請けを使いながらウォーターフォール型でアプリを作っていくというプロセスを経るのではなく、私も含めて、個人の思いから集まった人たちが、企業や組織の枠を越えOSSとして作ったものを採用し、それが短期間のうちに2000万人以上の人に使ってもらえているわけです。これは極めてエポックメイキングなことだと思います。

 あまり一般的なメディアでは触れられなかったのですが、発表の際にも、COCOAが「COVID-19 RadarというOSSプロジェクトをベースにしている」ことについては、きちんと明言されていました(参考:加藤大臣会見概要)。われわれのような立場の人間と、内閣官房、厚生労働省をはじめとする政府の人々が、さまざまな制度上の枠組みや、法律上の制限、時間的な制約がある中で、知恵を出し合い、手を動かしたからこそ、実現できた快挙だと受け止めています。

 もちろん、すべてに問題がないかと言えば、そんなことはありません。例えば、運用フェーズ以降については、従来と大きく変わっていないことを指摘する人もいます。せっかくOSSを取り入れて作ったプロダクトなのだから、運用のフェーズも含めて新しい方法でやっていくべきだという意見があるのは当然だと思います。ただ、現時点では、旧来の枠組みに縛られる部分が残ってしまうのは仕方のないこととも言えます。そこについては、これから枠組みを変えていけばいいわけです。

 今、デジタル庁の創設や政府のDXといった議論の中で、システムの「発注から利用」ということを、政府が改めて言い始めています。これには、長年続いてきた、政府によるIT調達、運用の枠組みそのものを、変えていかなければならないという意識も含まれていると思っています。私は、キャリアの中で25年ほどUX/UIに携わってきましたが、政府の高官が「UXが大事」と言っているのを見たのは、これが初めてです。その点では、とてつもなく感動していますし、よい方向に進んでいくためのモメンタムが生まれていると感じています。

 こと「デジタル化」の動きについては、それを前向きに捉えたいと思っています。この機会に、日本のシステムや制度がどう変わっていくのかについては、期待して見ています。COCOAについても、「こういうやり方で作ったものが、このように受け入れられた」という成果を、まだ数多く残されている問題点を変えていくための事例として、前向きに捉えるべきだと思っています。

後編へ続く)

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この記事の著者

柴田 克己(シバタ カツミ)

フリーのライター・編集者。1995年に「PC WEEK日本版」の編集記者としてIT業界入り。以後、インターネット情報誌、ゲーム誌、ビジネス誌、ZDNet Japan、CNET Japanといったウェブメディアなどの製作に携わり、現在に至る。現在、プログラミングは趣味レベルでたしなむ。最近書いているの...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

岡田 果子(編集部)(オカダ カコ)

2017年7月よりCodeZine編集部所属。慶応義塾大学文学部英米文学専攻卒。前職は書籍編集で、趣味・実用書を中心にスポーツや医療関連の書籍を多く担当した。JavaScript勉強中。

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